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ユニコーン

「先生今回は、非常に難産でしたよ。」
「難産?」
メグは顔をしかめる。患者Bの顔をまじまじと見つめる。
「と、言いますと?」
「作品を生み出すのに非常に苦労したということです。いわゆる比喩です。」
「ああ。あなたの小説ね。」
患者Bは頷く。胸のポケットの中から小さく折りたたまれた白いわら半紙を大切そうに取り出
し、メグのデスクに慎重に置く。白いわら半紙は、なにか複雑な四足の動物のような形をして
いる。紙の裏には筆圧の強い彼独特の小さな文字がびっしりと書き尽くされ、それらは紙の表
面に凸凹と面白いニュアンスを与えている。
「これは何かしら?」
「ユニコーンです。」
「ユニコーン?」
患者Bは頷く。
「とっても上手だわ。」
メグは感心したように言う。紙で出来たユニコーンをそっと手に取り、あらゆる角度からそれを
眺める。
「先生、気をつけてください。とてもデリケートなんです。」
「そうね。ごめんなさい。これは誰に教わったのかしら?」
メグは慎重にユニコーンをデスクに戻す。
「ミスター田中に教わりました。彼は、ボランティアで折り紙を教えに来てくれている日本人で
す。僕は、はじめ全然興味がなかったけど。紙が好きだし、やっているうちに折り紙の世界に引
き込まれてしまいました。それに僕の作品も折り紙で折りたたまれる事によってより美しく、完
成度が高くなるような気がします。これ、糊もハサミも一切使わないのです。広げればまた一
枚の元の紙に元通り。なんて、すばらしいんだろう。」
「まったく。とてもよく出来てるわ。手先を動かして細かい作業をすることは、脳の刺激にもなる
し、とても良いことだわ。ただし、あまり根を詰め過ぎないように注意してくださいね。」
「じゃあ先生、これからまたミスター田中にアルマジロを教わる約束をしているので、、、、。
また次の時に僕の作品の感想を聞かせてください。今回は自信作なんです。」と言い、人差し
指で意味ありげにメグを何度も指差して、患者Bは診察室を元気よく飛び出していった。
「随分、はりきってますねえ。」
看護士のキャサリンは言う。
「そうね。ちょっと躁の傾向が見受けられるわね。夜、きちんと寝ているかどうか、当直の看護
士に注意するように言っておいてね。安定剤も少し多めにこのまま処方しておくわ。」
キャサリンは頷く。
「でも先生、これ本当によく出来てるわ。本当にハサミや糊を使っていなのかしら?」
キャサリンは、まじまじとユニコーンを眺める。メグも感心したように頷く。
「でもこれじゃあ、一体全体どうやって彼の小説を読めっていうのかしら?」
メグは、ペンでユニコーンを突つく。紙で出来たユニコーンは簡単にバランスを崩して、ゆっく
りと床に落ちていく。
「いいじゃないですか。どっちにしたって読解不可能なんだし、、、」
キャサリンはカラリと言って、ユニコーンをメグの掌に載せた。
「それも、そうね。折り紙はセキュリティの役割も果たしてくれるってわけね。でもこれ、本当に
小さくて可愛らしいわ。」
「私もミスター田中に折り紙、教わって来ていいですか。実は彼、こういうの大好きなんです。日
本アニメのファンで、小さなフィギアなんかも集めていて、、、きっとあげたらすごく喜ぶわ。忍
者とアルマジロを対決させたりなんかしちゃったりしちゃって、、、、」
メグが「どうぞ、どうぞ、」と両手をあげてみせると、キャサリンは鞄を手にそそくさと診察室を出
て行ってしまう。

 メグは鍵付きの棚を開ける。一番上の小さなスペースには、分厚いビニール袋に包まれた患
者Bの小説が大切に仕舞われている。メグはしばし考えた末、中央の棚に詰め込められた書
類をすべて処分し、そこに装飾が美しい高級チョコレートの空箱を置いた。メグは、微かに
チョコレートの香り漂う箱の中に、そっとユニコーンを放した。

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by holly-short | 2006-10-24 21:34 | メグ シリーズ
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