躁鬱

カルテ:患者G。年齢55歳女性。躁鬱病。画家。30台後半より躁鬱の傾向が見られる。家族
の希望もあり、投薬の為毎月、定期的に通院している。

某日、躁の場合。

 患者Gは、エネルギーに満ち溢れている。民族衣装のような派手な装いに、真っ赤な口紅が
いやおうなしに人目を引く。肉体に収まらんばかりのエネルギーが彼女を予想不可能に突き
動かしているかのように、、、、。予約もせずに、突如現れ、診察室にドカドカと入るなり、患者G
は満面の笑みを浮かべ、まるで懐かしい友人に久方ぶりに出くわしたかのように大きく目を見
開く。やや力強くメグの肩を叩き、両手を広げ、豊満な胸を惜しげもなく押し付けて「会いた
かったわメグ。」と、まるで母親みたいにメグを抱き締める。メグも「ええ、」と微笑んで運よく空
いている患者用の椅子を勧める。「調子はどう?」とお決まりの台詞を、まるで娘みたいな調子
で問いかける。患者Gの通院はメグが医者になるそれ以前から、約20年以上も続いている。
患者Gは両手を胸にあて、大げさにその両手を広げて見せる。まるで舞台女優のように情熱的
に、私を見て!と言わんばかりの勢いで、、、、。メグは思わず。心のスポットライトを患者Gに
向ける。
「もうすべてオーライト。すべて上手くいっている。ノープロブレム。パーフェクトよ。それよりも
メグ、私また久しぶりに個展を開こうと思うのよ。最近ね、もうすこぶる調子がいいの。イマジ
ネーションが湧いて湧いてしかたがないの。ようやく私も永い眠りから目覚めたって感じかし
ら。毎日精力的に作品を描いているわ。長い間お休みしていたから、その分を取り返さな
きゃって思ってる。ギャラリーを借りて、沢山の友人やアーティスト達にも来てもらうつもりよ。
ギャラリー内に小さなカフェスペースを作って、手作りのお菓子と美味しいお茶で歓談してもら
えたらなって、どう?素晴らしいアイディアだと思わない?パティシエをしている友人にも早速相
談しなくっちゃいけないわ。勿論メグにも来てもらうつもり、約束よ。あ!もうこんな時間。まだま
だ描きたい作品が一杯あるの。猫の手も借りたいとはこの事だわ。とにかく時間がないの。今
日はここまでにするわね。薬は必要ないわ。もう最高に調子がいいのよ。今までにないくらい
に、、、、多分もうこのまま薬のご厄介になることはないと思うわ。あなたに会えないのは寂しい
けど、でもあなたとはプライベートでもきっと仲良くやっていけるって確信してる。私、解かるの
よ。なんだかあなたって私の娘みたいに思えて仕方がないの。聡明で、ユーモアがあって、私
に似てるのよ。それにあなたの顔、とっても趣きがあっていいのよね。いつかあなたのヌードが
描きたいと思ってる。もちろん、あなたさえ良ければの話しだけど、考えておいて頂戴。とにか
く、もう今日は行くわね。やらなくちゃいけないことが、山程あるから、、、、」
患者Gは一息に喋って、診察室を去っていった。メグの、いくら調子が良くても出来るだけ薬は
続けて飲むように、という言葉もろくに聞かずに、、、女優は舞台を踊るように去って行った。

某日、鬱の場合。

「とにかく死にたくなってしまうの。寝ても覚めてもそのことが頭から離れなくて、苦しくて苦しく
て仕方がないのよ。私、どうしたらいいのかしら?このままだと私本当にいつか自分を自分で
殺してしまいかねないわ。私には、解かるのよ。ええ、いつかやるわ。家に独りでいる時、ふっ
とした瞬間に深い落とし穴にストンと落ちてしまうの。胸が苦しくて、とにかく辛くて、すべてが
ベールに包まれているみたいにスッキリしないの。薬を飲んでもまるで効かないわ。外出も、
人に会うのも、歩くのすら億劫で、身体が思うように動かないの。助けて頂戴メグ。」
患者Gは、くったりと身体に馴染んだスウェットの上下を着て、なんの手入れもされていない白
髪混じりの髪の毛を後ろで1つに束ねている。起きてそのままの素顔は、小さな皺が無数に刻
まれ年齢よりもずいぶん老け込んで見える。まるで精気が吸い尽くされてしまったかのように、
表情が失われてしまっている。
「ちゃんと薬は飲んでいるのよね。」
メグは確認するように患者Gに問いかけ、患者Gの幾分萎んだ身体に手をかける。
「ええ、飲んでるわ。でも、駄目なの。薬に慣れてきてしまったのかしら。飲んでも効くのはは
じめのうちだけ、そのうちどんどん鬱が押し寄せてくるの。私の身体を鬱が蝕んでいるのね。
きっとこのまま鬱にまみれて、鬱に飲み込まれてしまうんだわ。」
メグはギュッと握りしめられた色の悪い患者Gの拳に手を合わせる。
「薬を変えましょう。大丈夫。きっともっと合う薬が見つかるわ。ちゃんとここまで足を運んで、自
分の症状をきちんと訴えることが出来るんですもの。あなたは病気なのよ。そんな風に自分を
追い詰めたりする必要はないわ。抗鬱薬によっては、自殺願望を誘発させてしまう可能性があ
るのよ。もしかしたら、今の薬があまり合わないのかもしれないわ。」
患者Gは無表情のまま、口を歪め小さく頷いた。メグはカルテに症状と処方箋の指示をさらさ
らと書き留め、ささやかな溜息を何度でも吐き出す患者Gの肩にそっと手を置いた。「またいつ
でも来て頂戴、Gene。もし、あなたがいなくなってしまうような事があったら、私すごく悲しい
わ。もちろんそう思うのは私だけじゃないし、あなたの豊かな才能はいかなることがあっても失
われるべきじゃないのよ。私、あなたの絵が大好きよ。」
患者Gは、まるでメグの手の存在に気がつかないかのような無関心さで、おもむろに椅子から
立ち上がった。無表情の顔のまま、まるで生気を抜き取られた亡霊のごとく無言で病室を後に
した。メグの手は、誰に受け止められることなく、スッと何も無い空間に落ちた。

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by holly-short | 2006-12-04 23:59 | メグ シリーズ
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