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Lucie Rie

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かつてワタシも陶芸なるものをやっていた事がある。高校時代、アメリカの美術のクラスの1つとしてだ。先生は、中国人だった。中国語の喋れない中国人のおばあちゃんでした。先生の名前は忘れてしまったけど、たしかとっても中国人らしい名前だった。もちろんクラスの名前は陶芸でもtogeyでもなく、ceramicsというクラスだった。自分で言うのもなんだけど器用なワタシは、それなりに見れる作品をいくつも作った。成績だって勿論Aだった。壷だとかコーヒーカップとか灰皿とか、小皿、大皿、取り皿、人形、、、、次々と作った。。そして恐ろしいことに周囲の人々の誕生日や記念日などによくあげた。。。よくよく今考えたら、とても迷惑だったと思うし、そんな自分の勇気にも感服するばかりだ。冷静に、客観的な目で振り返ってみるとワタシの作った物たちは、そうそう悪くはなかったけど、どう見ても素人高校生が陶芸教室で作ったもの以外のなにものでもなかったから。ま、もしね、ワタシのことが大好きで大好き大好きで致し方ない。。なんて〜人がいたならば喜んだかもしれないが(あくまでも過程)それ以外の人にとっては、(いやマジで)置き場所に困るというだけ(いわゆる迷惑って奴?)だっただろう。。。。そして、そんなワタシの作品(作品?)は、きっと時期をみて、たぶん早急に、何かのタイミングに、こっそりワタシの目の届かない所で捨てられていったに違いない。実際、ワタシの実家にだって一個たりともワタシの作った作品(!)残ってないもの。。。。。詰まる所、もうワタシは陶芸はヤラナイと固く心に誓ったのでした。。。。  

つーことで、ワタシにとって食器は使うもの、見るもの、そして買うものであり、残念ながら作る物ではないのだな。。。ワタシの中の作る〜は裁縫に一点集中。あれもこれもは、無理ですから。。。以前書いたルイス・バラガンの本を図書館で探していたら見当たらず、大好きなルーシー・リーの本を発掘したので迷わず借りてきますた。何度も買おうか?迷いつつ買えずにいた本であります。やっぱ買わなくてよかった。(て、そういう問題じゃない?)随分前に京都の美術館で本物を見て、その造形と色と質感があまりにも美しく、印象に残っていたのです。凛とした存在感、モダンで無駄のないフォルム、まるで周囲の空気をも浄化してしまうような緊張感が小さな作品から漂っていました。ふむふむ。そして、なんつーか普通にね、思わずほしくなるような作品なのだな。。。(って本も買えねーのに、そりゃ無理だろうおおお。。。)
ルーシー・リーの作品のこの感じ、何処にでもありそうで、絶対にない、彼女独特の世界観があります。研ぎすまされたシンプリシティ、微妙な造形と質感どこか太古を思わせる佇まいが神々しくもあるような、身近であるような、、、そんな感じ。陶芸家として亡命先のイギリスで売れる前はボタンも陶器で作っていたようですが、その作品もとても可愛らしいです。ボタンくらいなら買えるだろうか?(多分無理ですから。。)ルーシー・リーの陶器のボタンが付いたサマーワンピースなんて作ったらかわええだろうなあ。。。洗濯機になんてかけれないね!もっと早く知ってれば、ワタシもこんな作品(!)を作ったのに〜なんて昔の苦い思い出を噛み締めつつ写真集を眺めながら夜は更けていくのでした。。。
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by holly-short | 2007-03-17 23:31 | art

ビバ メヒコ。

b0090823_3502230.jpg近頃ここ一年くらいテレビをほとんど見てない。テレビは一応あるけど、、ただそこにあるだけ。たまーにDVDを借りて見る時のために置いてあるって感じだ。テレビ見なくてもNHKに料金払わなくちゃいけないのおお?って自動振替で勝手に落ちてるからさほど気にはならないが、、、。ちなみにニュースも全然見ないので(新聞も読まない)かなりの世間知らず。安部総理に変わったことも、かなり時間がたってから知ったくらい。。。(ここまでくるとヤバいです。。)でも、そんなこと知らなくてもどうにかちゃんと生きていけるもんですねえ。世間知らずを驚かれることを除けば、さほど不便はなかったりする。大好物の納豆がスーパーから惚然と消えた時は一瞬ビビったものの、(人伝に聞いた話でテレビの威力に脅威を感じたが、、、、)(というか納豆が買えなくて困っただけだけど、、)それが嘘と解かった日には「ほ〜ら、やっぱりテレビなんて信じる方が馬鹿なのだ!」と、世間知らずを棚にあげ、ほくそ笑んでみたり、、、。駝鳥さんは、いつもインターネットで最新ニュースをチェックしているので、(私はネットでも一切見ない)たまに面白いニュースがあると口づてに教えてくれます。主に凶暴な妻が夫を虐待する話など。。。。。世間ではそんな数多くの妻が夫を虐待しているのか???それとも駝鳥自身の危機感が彼を偏ったニュースに固執させているのかもしれぬ。。。。。う〜む、それってもしかして私もone of themってことか?あはは。

ワタシがテレビ見ないのは、純粋に興味がないからってだけなんだけど、それと同時に時間の節約でもある。と、いうよりも色々してると時間がなくて自分にとっての優先順位を優先すると、結局時事ネタ収集、テレビ観賞は後へ後へと切り捨てられてしまう。一般的に良いか悪いかは別として、(勿論、いいんだろうけどさ、馬鹿は承知の助。でも新聞くらいはたまには読めよお〜とも思うケド。)自分としてはもうこれについては開き直っている。世間知らずで結構毛だらけなんて感じに。。。

まっそれはいいとして。本題は、メキシコだ。

メキシコに行きたい。メキシコに行ってみたい。

昨日、独りだったので、あ!今日もだけど、、、悠々自適やりたい放題に夜更しして過ごしているワタシです。昨日うっかりテレビをつけたら、(なんとなく)SONYプレセンツの世界遺産の番組がやっていて、、それに思わず引き込まれてしまいました。建築家、ルイス・バラガンのバラガン邸。う〜ん、なんていい感じなんだ!ワタシもこんな空間に住みたい。シンプルな形状、派手だけどメキシコの太陽や光としっくり馴染む色彩。b0090823_350189.jpgピンク、青、黄色、オレンジ、、、、、、、庭に生えた不思議な形をした植物たち、木木、水面、影、木漏れ日、日だまりの沈む空間。家の内部は、分厚い壁、小さな扉、入り組んだシンプルな間取、宙に浮いたような階段、重厚な家具、選びに抜かれたシンプルで個性的なオブジェ、壁にしつらえられた木製の本棚、何も描かれていないようなコンテンポラリーな絵画。う〜ん、完璧だ。私の目指すべくインテリアは、まさにこんな感じ!と思った。(思うだけだけど、、)シンプル過ぎるのはつまらんし、こてこて過ぎるのは好きくない、まさにこのバランス、この簡素さ、この個性!ワタシのラテンの血が騒ぐう。

って、ことで妙にメキシコに行きたくなってしまいました。メキシカンフードも大好きだし。フリーダ・カーロの青い家にもいつか行きたい。そして、たまにこういう番組に遭遇すると、、ワタシガ見ていない間に様々なワタシにとってグッと来る良い番組が沢山やっていて、それをみすみす見逃してるとなると非常に勿体ないのでは?大問題なのでは?、、、、なんて思ってみたりもするわけです。あー、もう一度見たい。ルイス・バラガンの本をアマゾンで注文しませう。建てることは出来なくても見ることは可能だ。ちょっとは参考になるかもしれないし〜。(なんのお?)

最後に印象に残ったバラガンの言葉、、、、

孤独とはよき友のことだ。孤独とともにある時こそ私は自分自身を見い出すことが出来る。   
                              by ルイス・バラガン


ワタシも孤独とよきお友達になれるますよ〜に!           push! blog ranking!!!b0090823_35102.jpg
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by holly-short | 2007-02-20 03:31 | art

Frida Kahlo

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メキシコの強烈な太陽、乾いた大地、情熱、ラテンの血、ドライで大きな自然、
フリーダ・カーロの絵はそんなものを連想させる。ワタシは昔から彼女の描く絵が
好きで、画集やポストカードなども収集している。日本では彼女の絵画自体を
好きってヒトは以外と少ない。多分、彼女の描く絵は強烈すげて日本の花鳥風月
的な淡く、どこか控えめな風土には合わないのかもって気がします。、、、、、
たとえば、日本人男性には、彼女の女としての魅力ってなかなか通じないと思う。
メキシコと日本の文化って水と油みたいに混ざりにくいのかもしれません。

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フリーダ・カーロは、正にラテンの女。煮えたぎるような熱いパッションの人で、
それが正に彼女の芸術のコアであり、原動力。そして、彼女の人生も、その作品
以上に強烈で、個性的で、波瀾万丈。彼女の存在自体が芸術そのものといって、
過言ではない。18歳で瀕死のバス事故、2年間のベットの上での闘病生活、
絵画との出会い、メキシコの大芸術家ディエゴ・リベラとの結婚、事故による後
遺症に悩まされ、度重なる流産、金属製のコルセットなくしては生活が出来ない
程の苦しみと戦いながら47年間という短い人生を激しく生き抜いた。
フリーダ・カーロの作品は、まさに彼女自身、彼女の絶望であり、パッションで
あり、血であり、肉である。自分自身を包み隠さず小さなキャンバスの上に
強烈に表現した。そして、その芸術は、フリーダ・カーロ、その人でなければ、
けして描かれなかっただろう。女であることの意味、、、苦悩、、、喜び、、、
フリーダ・カーロの作品は、女性にもっと自分らしく生きる勇気とパワーを与えて
くれる。マドンナなどの女性アーティストに強烈なコレクターがいるのも、納得
できる。彼女は自画像の画家。生涯自分自身を描き続け、けして自分自身から
目をそむけることをしなかった。

「私は、けして夢は描かなかった。私自身の現実を描いただけ、」
                      by Frida Kahlo

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by holly-short | 2006-05-20 00:32 | art