カテゴリ:movie( 6 )

OUR DAILY BREAD

b0090823_10373545.jpg


「今日の夜、映画を見にいきませんか?」というメールを駝鳥よりもらったので、夕方より映画を見に行く事になった。「いのちの食べ方」前々から私が見たいと言っていた映画だ。私は仕事から帰り着替えて駝鳥を待った。前日作ったバレンタイン用のチョコレートの残骸を食べながら。駝鳥帰宅し、夕方から横浜へと向かった。7時15分開演、小さな映画館で私達は「いのちの食べかた」を見た。感想?うーん。まあそれなりに面白かったし、映像も美しかったし、見る価値はあったんだけど私が思っていたものとちょっと違かったかも、というもの。なんというか、もっとショッキングな映像が多く、もろにいかにも考えさせられるような映画なのかな?と思ってたんだけど、、例えば人間の残酷さとか業の深さとか悲惨さとかとかについて。でも実際は屠殺の場面などはショッキングではなかったし、まあこんなもんかな?とも思った。映画「いのちの食べかた」は、いわゆる「食」のドキュメンタリーで、特にその原材料(肉、野菜、木の実、塩などなど)がどうやって育てられ、収穫され、原材料として加工されているかについてNOインタビュー、NOナレーションで、淡々と撮影編集されているという代物。見る前は特に屠畜の様子とか、もう本当に残酷極まる感じなのかな?と正直怖いもの見たさ半分、日日肉を消費し食している一人として、それらの動物がいかに殺されているかについてちゃんとこの目で見ておきたいという気持ち半分で見に行ったのだけど、見終わってワタシはなんとなく呆然としたような心地になった。だって動物は、もう産まれた瞬間から生き物なんかじゃなく完全なる商品(モノ)で、そこには感情が介入する隙など一切ないといった感じなのだから。彼ら、いわゆる食用動物は家畜として生まれ(生産され)家畜として育ち(飼育され)家畜として(屠殺される)死んでいく。機械で孵化され産まれた何百何千という大量のヒヨコは産まれた瞬間から(多分その前からも)ベルトコンベアーで運ばれ、弾丸のようなスピードで選り分けられ、ワクチンを打たれ、印をつけられ、大きな養鶏場の中で商品として大量飼育される。餌も水もすべては機械によって与えられ、商品としてその品質は限りなく均一にコントロールされている。次の瞬間、大量の鶏がトラクターの先端についた機械から飛び出た回転するゴムのスクリューに次々と吸い込まれていく吸い込まれた鶏は何羽ずつかに別けられて大きな引き出しに無理矢理押し込められていく。押し込められた鶏は大きな鉄の塊で出来た回転する機械に次々と流れていく。鶏の足は次々と人間の手によって上からぶら下がる金具に逆さの状態で吊られていく。次の瞬間、青光りする光に包まれた低く張った水の中を鶏の頭が通過していく。水には電気が流れていて鶏は一瞬で失神してしまう。失神した鶏の頭が自動カッターで次々と切断されていく。血が抜かれ、皮が剥がされ、細かい部分を処理されて、各部位にカッターで切り分けられる。見ていると命を断たれる部分など確かに嫌な感情が湧き起こりはするのだけど、次の瞬間には肉屋で見慣れたそれこそ美味しそうですらある鶏肉の形状をしていたりする。ベルトコンベアー式にその作業が繰り返され、大量の鶏が一瞬にして屠殺され鶏肉として処理加工される。そのようにして最終的に鶏肉は私達の食卓に並ぶ。徹底した機械化、効率化、低リスク低コストの追求、研ぎ澄まされたその最終形。見終わって呆然としたのは、ショッキングだったからではなく「生」が完全に人工的に情け容赦なくコントロールされ、漂白され、不自然な形で存在しているから。そしてその過程にあまりにも感情が介入しないからだ。そこにある種の違和感を感じ、しかしワタシ自身の生活はその恩恵を違和感なく受けているという事実に呆然としたのかもと。それは恐ろしいことであるような気がするし、人間の未来は明るくないかも、明るい筈がないと思わざる負えない。映画館からの帰り、時間が遅くなったのでマクドナルドで夕飯を食べることに。チーズバーガーを頬張りながら「きっとこの牛肉もチーズもああやって作られたんだね。」と、ちょっとしんみりしつつも、それでも美味しく食べれちゃうワタシってどうよ?なんて。。。。結局人間って行き着くとことまで行かないと哀しいかな変わることが出来ないのかもしれない。どうにもならなくなるまでやり尽くし、どうにもならなくなってから色々なことに気がつくのかもしれないね。映画としては、まさに食料という素材を作る現場を、味付けなしに素材のみの構成でまとめあげた点にセンスを感じた。映像も残酷なまでに美しく、近づき過ぎることも、離れ過ぎることもしない一定した距離感が良くも怖いような。結局「見に来てよかったね。」ということで11時過ぎに家路に着いたのでありました。しかし、よくよく考えてみたら「いのちの食べ方」って邦題はどうなの?と。確かに集客するには、良いタイトルではあるんだろうけど、OUR DAILY BREADとちょっと意味が違っているような気もする。監督インタビューによるとOUR DAILY BREAD(私達の日々の糧)は、意図的にキリスト教を匂わすような言葉を使用したとかで、続いて「主よ、私達の罪をお許しください」がイメージされるんだとか。ってことであえて本日のタイトルは原題のままOUR DAILY BREADにしてみたのでした。特に深い意味もなく。。。

 以下「いのちの食べ方」公式ホームページより

 日本は食料自給率が低いわりには、世界で最も残飯を出している国でもあります。金額に換算すると、11兆1000億円もの量になります。現在、世界の人口は63億人ですが、その中できちんと毎日の食事ができるのは、たった8%の人々と言われており、日本もその中に含まれています。また、世界で8億人が栄養失調状態であり、年間900万人が餓死している中での事実と考えると、異常な数字といえます。私たちは、いまこそ毎日の食事の中で、いのちの有難みを「感じる」必要があるのではないでしょうか?
[PR]
by holly-short | 2008-02-13 10:38 | movie

BROKEBACK MOUNTAIN

b0090823_23272695.jpg


 本当に丁寧に作り込まれた映画で、すべてのクオリティが高く洗練されつつ、絶妙に調和している。映像は美しいく、音楽も素晴らしい。ヒース・レジャーをはじめ俳優たちの演技も冴え、作品にしっくり馴染んでいる。アン・リーの監督としてすべてをまとめあげる手腕は、正に職人技で、なんてー素晴らしいんだ!!と思わず感動しちゃった。(作品よりも、むしろそこに。でも、勿論作品にも)私はもうすでに、イロイロな所でイロイロなレビューを読んだのだけど、、、この映画の場合、見る人によって解釈がかなり異なるとこがスゴク面白いのだな。そして、それぞれが皆「そうかも〜」と思わせるように映画自体も微妙なさりげない余韻を随所に感じさせている。明確な答えを与えないような作りになっているのは、小説の気質によるものでもあり、アン・リーの仕掛でもあるんだろうけど、、、そのさじ加減なんとも言えないのだ。
(以下、超ネタバレバレで~す。)
 明確には描かれていないけど、ワタシ的にはイニスもはじめから自分には男性が好きになる傾向があると、多少認識していたんじゃないかな?って思ふ。幼い頃から男性に強く惹かれてしまうような趣向を持っていた。だからこそ幼い頃の記憶、同性愛者への虐待、死刑さながらのリンチの現場、無残な状態の遺体を父親に見せつけられたことが、大きなトラウマになった。社会的にも認められず罰せられるべき存在だった同性愛者の要素が自分自身にあるという脅威、それこそが彼のトラウマだったんじゃないかと、、、、。同性愛者へ対する虐待は、当時の社会では歴然と存在していた訳で、同性愛者自体の存在だってレアではなかった。だからこそ父親は幼いイニスへ教育の一環と称してそれを見せたのだろう。しかし、自分自身にもそういう傾向のあったイニスにとって、それは人事ではなく、大きな心のトラウマとして彼自身に深く根付いてしまった。だからこそイニスは、自分を偽って生きてこざる負えなかった。しかし、BROKEBACK MOUNTAINでジャックと出会う事によって、本来の自分自身を思わず開放してしまった。それまでは男同士、カウボーイのがさつともいえるやり取りが繰り広げられ、美しい大自然をバックに辛い労働に汗を流し、煙草もくもくMarlboroManさながらなんだけど、、、ある夜を境に2人の関係は急激に変化し、深く結ばれてしまう。その変化が映画の流れの中であまりにも唐突なので、きっと「同性愛」が絡む映画だってことを認識していなかった人にとっては、(そんな人いるのかなあ?)「え?え?え?えー!!!?」って感じかもしれないけど、でもきっと現実ってそんなもんなんじゃないのかな?と思う。しかも、2人の愛は禁じられた愛。お互いそれを痛い程認識しているからこそ、平然を装い自分の気持ちに蓋をしていたのだと思う。だいたい日常生活ってそんなもんだし、イニスにとってはそれこそがそれまでのイニスの日々だった。しかし、一線を超えてしまったことでイニスは偽りのない自分自身の性(さが)に目覚めてしまう。ありのままを曝け出し、それを受け止めてくれるジャックとの愛。ふたりはBROKEBACK MOUNTAINという社会から隔離された場所で、すべての規制から開放され、タブーやトラウマを乗り越えて愛し合った。はじめから自分を同性愛者であると認識していたジャックにとっては、愛すべき最良の伴侶をイニスに見出したのだろうけど、、、イニスにとっては、それだけではなく、それと共に本来の自分自身の発見というところがとても大きいのだと思う。勿論、ジャックへ対する「愛」もテーマになっていて、そういう意味では「恋愛映画」とも言えるのだけど、、、それだけに終わらず、それ以上にイニスの「自分探し」こそがテーマになっているのかな?と思う。結局、イニスは、アルマを不幸に陥れ(一番不幸なのはこの人だよう、、、)子供たちに苦労をかけ、最愛の人ジャックのことも真に受け入れることが出来ず、二十年という長い歳月もの間、(mmm時間って残酷だ)自分自身を中途半端に騙し続けて生きてきてしまった。年に数回のBROKEBACK MOUNTAINでジャックと過ごす日々を除いて、、、、。ジャックが他の男と関係を持ったことを知り、涙を流すイニスの演技、思わずグッときた。男涙で、イニスが背負ってしまった苦しみ、苦悩、いたたまれなさが痛切に感じられた。やはり、ヒース・レジャーにアカデミー賞を!って思っちゃう。ジャックが不慮の事故で亡くなったことを聞いたイニスは、フラッシュバックのように過去の自分のトラウマであったリンチの場面を思い出す。これはジャックの死が彼にとっては、同性愛者であるが故の罰のように思われたからだろう。そして、ジャックの遺言であった「BROKEBACK MOUNTAINに自分の遺骨を撒いてほしい」というイニスとしては嬉しいとも思えるジャックのメッセージを実行すべくジャックの実家に足を運ぶ。このジャックの実家でのシーンがこの映画の鍵を解く肝になっているのだとワタシは思ふ。はじめて見た時BROKEBACK MOUNTAINに遺骨を撒くことを断ったジャックの父親は、同性愛者に対する非難からイニスの申し出を拒否したのか?と思ってみた。しかし、それはしっくりこなくて、2回目見てイヤイヤ彼は同性愛者である息子を本当の意味で受け入れたからこそ、自分たちのお墓に息子の遺骨を埋葬しようと考えたんじゃないかって気がついた。だからこそ、イニスに対して、息子はいろいろ夢を語っていたけど、、、夢はひとつも実現しなかった。と息子の無念を告白したんじゃないかな?。息子と同じ境遇に立たされているイニスに息子を重ね合わせているようにも思える。そして、ジャックの母親がイニスに投げかける視線は、とても柔らかく、まるで息子を見つめるかのようだ。イニスは、20年前のBROKEBACK MOUNTAINでなくしたと思っていた自分自身のシャツがジャックのシャツに抱しめられるように架かっていたのを目撃する。ジャックの自分へ対する愛への安堵と喜び、そしてそれ以上に、その愛を真に受け止められなかった自分自身のやるせなさに大きなショックと憤りを感じたのだろう。結局それまでのイニスは、BROKEBACK MOUNTAINで過ごす一時のみが真実の時間で、それ以外では、周囲を欺き、拒否し、犠牲にし、傷つけ、自分自身をも欺きながら身を潜めるようにひっそりと生きてきたのだ。そして、それはジャックが亡くならなければイニスにとって、真の意味で身をもって感じることが出来なかった。とてもせつなく、やるせないのだが、多分それはジャックの両親にしても同じだったのかもしれない。しかし、ジャックの死こそが、イニスをありのままの自分でBROKEBACK MOUNTAINから下山させたんじゃないかな?ありのままの自分を受け入れることが出来たからこそ、ラストのシーンでもうジャックがいないにもかかわらず郵便ポストを作り、自分の所在を示すプレートを貼り付け(この解釈があってるかどうかは知らないけど、、、こういう細かい部分がさりげなくきめ細かいの、、、)今まで引け目を感じて行くことが出来なかった教会へも、娘の結婚式への参加の為とはいえ行くことを決意できたんじゃないかな。彼はありのままの自分自身を許したのだ。ラストのシーンで、ジャックの部屋から形見わけされたシャツ、今度はイニスが抱しめるように掛けられている。そして一言呟く言葉が、、、"I swear,,,," (オレは誓うよ、、、、)なのだが、、、、、、。
し、しかし、、、、なぜか字幕では「ジャック、オレは永遠に君と一緒だ。」みたいになってるのはどうして?これってけっこう意味が違くなーい?一生の愛をいまさらジャックに誓ってるみたいじゃん。それってちょっと陳腐じゃない?ワタシ的にはイニスが誓ったことは、ジャックに対する愛ではなく、自分自身を偽らず生きていくことを誓ったんだと思う。そういう意味では、ジャックとの関係がイニスに勇気と生きる希望を与えてくれていることは確かで、愛した男との思い出の品が愛しいのは解かるものの、それはイニスにとってお守りみたいな存在で、イニスだって、その後ジャック以外の新しい恋人を見つけてもいい訳だ。実際ジャックは、イニスと頻繁に会えないもんだから、他所に男性の恋人を作ったり、男娼を買ったりしているじゃーん。人間って悲しくもそんなもんじゃないかな。。。まあ、本当にジャックを胸に今後生きていくのかもしれないけど、、、、それは生きてみないと解からないわけで、、、、。どっちでもいい気がする。だからこそ、、、最後は曖昧に放り投げてほしかったのだな。。。それなのに、ジャック一筋?みたいにしてしまうラストの字幕にはちょっと疑問を感じた。しかし、イニスの人生は今後もいろいろ大変そうなのだな。。。いまやっと自分自身の本来の姿で生きていくって僅かながらに決意をしただけで、、、、実際それで生きていくとなれば、時代的にみても様々な試練があるのだろう。しかし、それはイニスにとって、とても大きな第一歩になったのだ。

まあ、ダラダラと自己満足驀進で書きつづけたレビュー、ワタシの理解力がいか程なのかは疑問だけど、、、とにかく1つの作品としてのクオリティの高さ、完璧に近いくらいに作り込んだ上での自然な美しさは、作り手が創造した以上の効果を見るものに与えていると思うな~。そして、その効果は画一的ではなく、多様なのだな。そして、ワタシはそれこが素晴らしいと思う。さて、映画のレビューを書き終わったところで短編集を読むぞ〜mmm書き過ぎて眠くなって来た。。。zzz
push! blog ranking!!!
[PR]
by holly-short | 2006-11-07 23:29 | movie

capote.

b0090823_1852685.jpg


 トルーマン・カポーティといえば、ワタシは即座にマリリン・モンローをイメージしちゃうのだな。2人は仲の良い友人で、正に60年代!華やかでポップでサイケでぶっ飛んでいる時代を象徴するアイコンであった。2人に共通する最大のポイントは、セルフプロデュースの天才であったことだと思う。彼らは、いかに自分をよく見せるかを知り尽くし、その為の努力も怠らなかった。天性の才能に恵まれ、それをどう生かし、いかに周囲を取り込むかを熟知していた。天才的な勘の持ち主だったのだと思う。更に、華やかな外側の顔とは裏腹に、内実はとてもセンシティブで壊れやすく、常に不安定さが付きまとった。結局、マリリン・モンローは、睡眠薬の飲みすぎで死亡(自殺?)し、カポーティは、アルコール中毒で死亡する。

映画「カポーティ」では、カポーティの代表作「冷血」を書き上げるまでのエピソードが描かれている。カポーティは、6年もの歳月をかけ「冷血」を書き上げ、その後長編小説が書けなくなってしまう。「冷血」を書きあげること、それはカポーティにとって悪魔に魂を売るような行為だったのかもしれない。その後、カポーティは身も心も崩壊の一途をたどり、20年という永い歳月をアルコールに溺れこの世をさる。「冷血」は、カンザスシティの片田舎で起きた一家殺害の犯人の物語である。事件自体の真相というよりも、殺人犯の男性の心理、生い立ちや家族関係を含め、いかにして殺人犯が殺人犯となるに至ったのか、をきめ細やかなインタビューを元に綴っている。「冷血」は、当時なかったノンフィクションノーベルのパイオニアとして、脚光を浴び小説の世界に新たな道筋を作り出した。カポーティは、明らかに死刑となる殺人犯に接触し、あの手この手で彼らの心を開かせる。最高の弁護士を彼らに紹介し、彼らの相談役も自らかってでる。カポーティは、話術の天才で人の心を開かせるのは朝飯前なのだ。殺人犯を小説の最高の素材、「金塊」と称しつつ、殺人犯との友好を深め、カポーティ同様に恵まれない家庭環境下に育った殺人犯にシンパシーすら感じ、彼らを理解しようとする。勿論、すべては小説を書くために。。。その後、殺人犯はカポーティを最大の理解者であり、友人と慕うようになるのだが、カポーティは彼らに用事が無くなれば、面会に来ることもなくなってしまう。カポーティの作家としてのエゴは、強烈で自分の利益の為にしか彼は動けない人間なのだ。しかし、彼自身はそれを解かっていながら見て見ぬ振りをする。そのうち、優秀な弁護士のおかげで一旦は棄却された死刑執行を「冷血」を書きあげる為に、早急に望むようになる。「冷血」は、初めから殺人犯の死刑執行によって完結すべきと、彼の頭の中で最高なストーリーとしてのプロットが出来上がっていたからだろう。死刑執行の日、殺人犯はアミーゴ(友人)であるカポーティに、自分が逝くところを見守っていてほしいと手紙を書く。そしてカポーティもそれを承諾する。殺人犯は、カポーティの真意を悟った上で、彼を許し唯一の友人として感謝したいという言葉を残す。それでもカポーティーは「自分は出来るだけのことをやった」と涙ながらに殺人犯に訴える。この言葉は彼にとっては本音だったのだろーなあ。最後、殺人犯は死刑執行を目の前に笑顔でカポーティに頷くのだった。

 地味だけど興味深い映画でありました。まあ、別に映画館で見なくてもいいかな?とは思ったものの。ワタシ的には楽しめました!!、、、、隣の人は寝てたけど、、、、。カポーティは、ちょっと分裂気味なタイプなのかな~と、、、、。作家である自分とエンターテナーである自分と、本当の自分自身の折り合いがなかなかつかなくて、故に最後は崩壊していったんじゃなかろうかと、、、、。彼は根っからの小説家だから、小説家としての自分は何をするべきか?時代は何を求めているのか?解かっちゃう。だからこそ、それに邁進するんだけれども、それ以外のところではなかなか全然気持ちが動かないわけです。いわゆるアーティストとして根っからのエゴイスト。本気で助けるつもりは毛頭無かったと思われる殺人犯と心を通わせ、彼らをネタにして最高の作品を書き上げた。少なからずとも一見彼らの為に尽くしているようにも見えた手前、彼自身は彼らの為にベストを尽くした筈と、思い込みたかったんだろーけど、、、、実際に残酷なこう死刑の現場を目撃したことで、見て見ぬ振りが出来なくなってしまったんじゃないかしら。。、殺人犯の中にあった「冷血」を自分の中にも見たんじゃないかな。そして、それは彼自身が高を括っていたよりも、大きな心のトラウマとなって彼自身を侵食した?、、、、。彼の小説家としてのエゴが、彼自身を殺してしまったのだな~。もちろん、これは映画だから実際はどうなのか解からないけれども、、、
これはもう「冷血」を読んでみるしかありませぬ!!!

PS.カポーティの幼い頃からの友人で「アラバマ物語」の作者であるネルを演じている女優さんがとっても素敵だったなあ。40台後半くらいかな?と思うけど、、、あの雰囲気、あの笑顔、素敵。で、煙草を吸うシーンがなんともイカスのだ!!ああいう喫煙シーンを見せつけられると、こっちまで煙草吸いたくなっちゃうな。。。(後で知ったけど、、マルコビッチの穴に出ていた女優なんだね。。)アカデミー賞の候補にもなったみたいだけど、、ワタシとしては主演男優賞を獲ったフィリップ・シーモア・ホフマンよりも、彼女にあげたい気がした。(けして偏見ではなく、ああいった女性らしさを強調したホモセクシャルの演技って巧い?つーよりも、物真似に近い感じがしてしまうのだな。。。演技=物真似?癖というかキャラが強すぎて巧いんだか、何なんだかよくわからないなっちゃうの。。。でもきっと巧かったんだろうな、、、多分。

b0090823_18522196.jpg

push! blog ranking!!!
[PR]
by holly-short | 2006-10-20 18:54 | movie

aviator

ながらやり中毒で一度に複数のことをするのが大好きなワタシにとってバックグラウンドとして
の音楽や映画は欠かせませぬ。映画なんかは、ちょっと気に入れば何度でも何度でもしつこく
見ちゃう。と、いっても一点集中するわけではなく、何か他のことをしながら見るんだけ
ど、、、。だからこそ、何度も見たことのある映画が丁度Eわけです。テレビだと、、思わずテレ
ビに集中して、他の作業がフリーズしちゃうもんね。たまにだけど、、、もちろん初めての映画は
集中して見まする。ここ半年間、何度も何度も繰り返し見ている映画の1つが、「アビエータ
ー」。といっても洋裁のお供なので、ただ流しているだけとも言ふ。先日DVDをいらない本と
一緒に売っ払ってしまったので、reviewなど書いてみる。といっても、随分前にメモ書きしたも
のの焼き鈍しなのですが、、、何度も見たので、それはそれで印象深い映画のひとつです。

幼い頃の夢は、なかなか現実と折り合いがつかず、大人になるにつれ、かつての熱い思いは
薄れていくものだ。寂しいけど、それが現実だろう。ハワード・ヒューズにとって、夢とは、まさに
叶える為のものであった。子供の頃からの夢、「世界1のパイロットになること」「世界1のお金
持ちになること」「世界1の映画監督になること」、、、、叶わなかった夢として「プロゴルファーに
なること」っていうのもあったらしいけど、、、、それでも彼はシングルプレーヤーで女優キャサリ
ン・ヘップバーンと自分の庭でもあるゴルフ場で存分にゴルフを楽しんだ。 自分の庭にゴルフ
場があるなんて、、、じゃなくて、自分の庭がゴルフ場なんて羨ましい。。。。。
取り憑かれたように、夢に邁進する彼は、その実現の為ならすべてを惜しまない。破産に追込
まれるような多額の資金も、パートナーとの時間も、自分の命さえも捧げてしまいそうな勢い
で猛然と突き進む。そのパワーと、熱意によって、周囲の人間を巻き込み不可能を可能にして
しまう。何度も世界最速飛行を打ち立て、世界一巨大な飛行機を設計し、それらのテスト飛
行を自らかってでる。(失敗して命にかかわるような大怪我をしても、へっちゃらだ)莫大な予
算を投げ打ち空中飛行撮影をふんだんに盛り込んだ「地獄の天使」を完成させ、映画監督と
しても、実業家としても、破天荒な大事業を成し遂げてしまう。彼にとっては、お金や名声、権
力などは、オマケに等しく、彼は常に物事のクオリティー、本質のみにこだわるのだ。そんな彼
の私生活は、一見華やかであったものの、彼自身はいつも孤独だった。夢に熱中するあまり、
最愛のパートナーであった女優のキャサリン・ヘップバーンともすれ違い、彼女は彼の元を去
る。極度の神経症で、ドアのノブにも触れず、感染やばい菌を恐れるあまり、普通の生活が出
来ない。なにかに、囚われるとそれが、頭から離れず、言語障害や、妄想にまで発展してしま
う。華麗なるビジネスや夢の成功とは裏腹に、彼自身は少しずつ着実に崩壊していく。3回の
結婚、ホテルでの引きこもり生活は、二十年以上もつづき、自らをバイ金から隔離する為と称
して不可解な儀式と妄想に取り憑かれていく。彼は果たして幸せだったのだろうか?彼程、大
きな夢を打ち立て、それを実現させた人物はそうはいない。彼は正に世紀の大物であった。そ
の感性は常人のものとはかけ離れ、彼の成功の峰は限りなく高いがゆえに、彼の不幸の溝も
伺い知ることの出来ぬ程に深かったのかもしれない。もやもやとしたやるせなさが、最後の最
後まで残像のように残る映画です。

b0090823_23305259.jpg









ハワード・ヒューズ役は、レオナルド・ディカプリオ。「タイタニック」でワタシ的にはコケタ?
感があったディカプリオも「アビエーター」では最高の演技力を余すこと無く発揮しているような
気がします。他の感想など読んでると、、、いまいちの人が多いみたい?、、、長すぎるとか、、
ディカプリオがいまひとつとか、、、そっかあな〜ワタシにとっては(いろんな意味で)長い方が
好都合だし、最後のオカシクなってくる感じもよかったけれど、、、、、
ワタシはディカプリオ、俳優としてかなり好きなのですが、いまいち良い作品に恵まれていない
ような気もします。個人的には、詩人ランボーに扮した「太陽と月に背いて」のディカプリオがど
うしょうもなく好き。あの映画は本当に大好きで、死ぬ程見てるな、、、永久保存版。
push! blog ranking!!!
[PR]
by holly-short | 2006-10-13 23:29 | movie

BINGO・M I 3・ミネストローネとミステリー小説

b0090823_23591693.jpg 世の中の人は、どれくらい抽選に応募しているのだろうか。私は滅多に送らない。自ら、進んで抽選に送るということは殆どないと思う。それでも、いくつか当たった経験があるので、抽選に当選する確率というは、いがいと高いのかもしれない。ブルーノートのナタリー・コールのコンサートチケット+カクテル1杯なんかは、最高だったなああああ。最高の夜っていうのは、ああいう夜のことをいうのだな。あれは、私の友人が煙草の懸賞に応募して当てたのだった!!

2週間前、送られてきた一通の封筒。なにか広告かニャーなんて思いながら、、、一応開封してみる。開けてみたら、ミッションインポッシブル3の招待チケットが!!!やったー。当たった!!私が送ったんじゃないけどー。あは。 で、本日スタート日にさっそく鑑賞しに行ってきますた!ギリギリの時間に駆け込みで映画館に行ったら、前の席しか空いてなくて、前から2番目で鑑賞するはめに。正に上を見上げるがごとくだ。んんんんー首がああああ痛い。でも、面白〜い。まじで。近過ぎて、画面に目が追い付けなかったよ〜。。。それでなくてもテンポが速いから!なおさらだ。

〈感想〉

 あ〜本当に面白かった。大満足。アクション映画はこうでなくっちゃね!キャストもアクションもストーリーも音楽もテンポも良くて私的には100%大満足のアクション映画でした。こういう映画を見ると、いつも、なんで私は、特殊捜査班!?とかCIA、MI6とかスパイとか、少なくとも警察とかにならなかったんだろーって真剣に思い。悔やまれる!馬鹿って解ってるけど、映画だって解ってるけど、、それでも、なお。だって〜格好いいんだもん。、、、、、、とりあえず、明日からプールを飛び出し、ワークアウトでもするっきゃ!!!?、、、、、、。(溜息)

 映画を見た後は、大好きなイタリアンレストランへレッツらGO。ここのフォッカッチャ(とろとろのゴルゴンゾーラが乗っている)とミネストローネが最高に美味しいのだ。野菜を凝縮したような滋味深い味わいのスープ、これを飲むと本当に生きかえる。大地の味。冷えたシャルドネ。魚介類の香草焼き。美味しいものは、本当に人生を豊かにしてくれる。

 いい具合に酔っぱらって、地下鉄の駅にある本屋で、ミステリー小説を3冊ばかり衝動買い。アクション映画とミステリー小説、美味しいスープ。この三大要素は、私の人生に必要不可欠なチープな贅沢なのだよ。帰りにミステリー小説を買うあたり、アクション映画でみた夢を醒ましたくないってばかりの、準備の良さ。今度はミステリー小説の力を借りて、現実逃避のトリップは、まだまだ終わらせられないのでR。

push! blog ranking!!!
[PR]
by holly-short | 2006-07-08 23:52 | movie

MULHOLLAND DRIVE

b0090823_22572225.jpg
















デビット・リンチの「マルホランドドライブ」たまに無性にみたくなる。
なんだかとても、ひっかかる映画なのです。
デビット・リンチといえば、「エレファントマン」
子供心に衝動的な映画だった!!!テレビシリーズの「ツインピークス」も
謎が謎を呼ぶ代表作!

不可思議で、危うくて、不安定、、、、、人間の不安を掻き立てる、妙な雰囲気、
見てはイケナイものをまざまざと見てしまっているような気分にさせられる。
それでいて、その光景は美しく、儚い。音楽も、美しい映像も、色も、カメラワーク
も、すべてが絶妙に不安定でありながら、調和している。

個人的には「マルホランドドライブ」が一番好きなのですが、なんで?好きなの?
って言われると自分でもよく解らない。ストーリーも掴みどころがないし、現実
なのか夢なのか、幻想なのか、それすらも判然としない。
次々に現れる(超)個性的な登場人物たちの存在理由も意味があるような、
ないような、、、、。現代社会の病理を描いているのか?とか、意味の解釈や、
追求は、いろいろする余地あるんだろうけど、そんな細かな分析よりも、
ただ見て、見終わって、自分の中に残る残照やイメージがなんとも良くて、
グッときます。

デビット・リンチは、絵画なんかも発表するような、芸術家の一面もあり、
彼のそういった芸術的センス、表現力、そしてなによりも、あれだけの意味不明
とも思えるバラバラとした場面場面を繋ぎあわせ、ひとつの作品に仕上げて
しまう編集能力は、正に天才のなせる技だと思う。

「舞台」の危うい雰囲気は今回も健在。
クラブ「サイレンシオ」での泣き女の歌声には心奪われる。
っといっても、録音なんですけど、、、、、(この意味映画みたヒトなら解ります)

b0090823_2249817.jpg









why not? blog ranking!!!
[PR]
by holly-short | 2006-05-23 22:49 | movie