<   2006年 05月 ( 13 )   > この月の画像一覧

どこまでも、SWIM

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 最近はじめた水泳!それがとっても気持ちEわけで、なんで?
いままでワタシ泳がなかったんだろーってくらい。まるで、水を
得た魚のようにどこまでも泳ぎたい気分になるんだけど、もち
ろん体力がついていかない。もともと泳げなかったわけではな
くて、昔から平泳ぎだけは得意だったのです。と、いうか平泳
ぎしか出来なかった。平泳ぎってのんびり泳ぐにはうってつけ
なんですよね、顔もあげたままでいいしさー。

 大学時代、海でBBQしてて、
「おい!あの島まで泳ごうゼイ!」
の軽ーい一言に乗せられて、遠く浮かぶ小島まで総勢15人
くらいで泳ぐことに、、、。中には水泳が凄く得意な人もいて、
クロールでわしわし泳いでいく。私はもちろん平泳ぎしか出来
なかったから、とりあえず平泳ぎでえっちらほっちら。浮き輪と
かつけていた人もいたけど、浮き輪とかつけてるとかえってな
かなか進まないんですよね。 〜波に流されて〜 結局、半分
は途中で断念して引き返したみたいなんですけど、途中でバ
ラバラになっちゃったから、そんなことはつゆ知らず〜のワタシ
は、気がつけば孤独な一人旅状態に、、、、。もう戻るにも!進
むにも!どっちつかず?な距離まで来てしまい。引き返せばいい
ものを、なぜか強行に小島まで突き進んだ。とにかく泳ぐしか
ないと腹に決め!途中で泣きたくなる気持ちを抑え、黙々と          SWIM。     SWIM。
もうこういう時の恐怖に対する想像力って人間すげー働くものです!!
「サメが来るんじゃないか?」
「途中で心臓発作を起こすんじゃないか?」
「足が痙攣でもしたらどうしよう!!!」、、、、そのうち
 海岸に打ち上げられたボデー(死体)とか、
 、、、、、、白骨化したワタシ海底に沈む図とか、、
もうどんどん想像しちゃうわけです。下は限りなく深かったし。。。
泳いでも泳いでも全然島が近くならない。結局1時間半くらい
泳いでようやく島に到着。心底「ホッ」としたのですが、、、
誰もいない。
「ガーン」  (古ーいケド、、、ホントそんな気分だった!)
小石と流木しかない辺鄙な島で、とりあえず途方にくれてみる。
共有する人がいないと、途方にくれるのも空しかったりして、
なぜか、、「あーキットカット食べたい。」と思った。15分くらい
休憩して、しかたなくまた泳ぐことに。もちろん平泳ぎだゼイ。 
↑もうちょっとオカシクなりつつあったり、、、
それまでのワタシはMAX500Mくらいしか泳いだことなかった
のです。とにもかくも再び、恐怖の単独遠泳へ。。。。。。
途中で海水が異常に冷たくなる部分があって、それが超怖い。
足よ!心臓よ!止まるな!と言い聞かせつつ、、、とにかく無心
で泳ぐしかないみたいな。そのうち、アドレナリンでも脳内に
分泌して来たのかな?陸が近付いてきた安心感も相まって、
もうどこまでも泳げるような気分になってきましたねー。限界
を飛び越えて、SWIMMING HIGHの状態てーの?もうどうにで
もなれ!ってなもんで気持ちよーく泳いでいたら、「おーい!」と
か言って漁船がお迎えに来ました。友達が心配し、漁船の人
にお願いして探してくれてたみたいです。でも、もう陸も近かっ
たし、手を振って、最後まで泳ぎきりました。意地だけで!!!
後から聞いたら小島まで泳いだのは元水泳部の2人(男)だけ!
&なぜかワタシ。。。。。
残りの人は途中で漁船に拾ってもらったんだそうだ!なーんだ。
でも、メチャクチャ達成感感じましたねー。身体がカーって熱く
なって、なんか熱いものが込み上げてきましたよ。孤独な感動
は心地よいものです。なにせ3時間くらい泳いでたわけですから、
ワタシにしては奇跡的な時間なわけです。正に火事場の馬鹿力
って奴?その後は、大量の焼そばを食べて爆睡した記憶しか
残ってません。

 それ以来、ワタシ全然泳いでいなかったのです。たぶんあの時、
10年分くらい泳いでしまったんだと思ふ。最近は、クロールも習っ
て、少しずつクロールも泳げるように。でも、いつでも足がつけるし、
25m泳げば、区切りの壁があるわけで、すぐに甘えが出るわけ
です。目的も、いまいち、いま3くらい曖昧なものだしね。
 
 人間、限りなく追いつめられた環境だからこそ発揮出来るパワー
って絶対あると思うのです。極限まで自分のパワーを発揮して、
なにかを成し遂げられた時の感動は、きっと何にも変え難いハズ!
でも、いつそんなチャンス?というかピンチ!に恵まれるか解らない。
いつでもフルパワーで挑める程人間パワフルに出来てないし。
ピンチ!をチャンス?に変える為にも、日々なんでも面白がって取り
組むことが大事だと思う今日この頃。だって、なにがどうどこで生
きてくるか解らないですからね〜って
支離滅裂。まっいっか。。

 クロール。長く泳ぐにはとにかく力を抜くことが大事らしい。
その力抜くってのがとても難しいのよねー。

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by holly-short | 2006-05-30 00:53 | diary

memo! memo! memo!

いつなんどきもメモ!するように心掛けてます。有益な情報や、気づき、アイディア、デザイン、
なんでもかんでも、(半分は暇つぶし)今その時でなければ忘れてしまうことばかりの日々。
自分では覚えているつもりでも、忙しかったり、他の事に気をとられ、忘れてしまうなんてー事
は日常茶飯事。メモしておけば、いくら忘れてもOK!後からいくらでも復習可能。家では、テレ
ビの横、キッチン、ベッドサイド、トイレ!色んなところにノートやメモを置いてます。トイレ!と言
えば、あの大作曲家モーツァルトもトイレでふっと作曲し、それをトイレットペーパーに書き綴っ
ていたらしい、、、、、、。これって多分手塚治の漫画で読んだんじゃなかったかな、、、、未完
のベートーベンが主人公の漫画「ルートヴィッヒ」だっけか、、、、?トイレのあの小さな空間って
案外リラックスできちゃいます。所構わずメモするメモ魔の私ですが、目下問題は、メモした内
容が後から全く読解不能なことがしばしあり、暗号解読状態に陥ることでしょうか。暗号解読と
いえば、「ダヴィンチ・コード」初日に並んで見ましたが、、、、いまいち面白さが解らなかった。
私が宗教心が希薄なせいか、そのテーマの重み自体に???????たくさんのクエスチョンマー
クが、、、、、なんか話しがあまりにも都合よく?じゃなくて、、、スピーディーに進むものだから、
なんとなくついていけず置いてけぼりの気分に、、、、、最後に明かされる「謎」も途中からなん
となく解っちゃうし、、、、、、、、、、ベストセラーの本を読んだら、また印象が変わるのでしょう
か?、、、」、、、 BOOK LISTに「ダヴィンチ・コード」メモしておくかな、、、、、、

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by holly-short | 2006-05-27 00:07 | diary

ペンギンの憂鬱

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 憂鬱のペンギンと暮らす売れない小説家のヴィクトル。
突然ふって湧いたように新聞社からの仕事を手に入れ、死亡記事を書きはじめる。
それと同時に起こる不可解な出来事。

少女          ピストル           死                           現金 
    
       別荘                              愛のない疑似家族          骨壺
   

 ウクライナの重厚な冬を舞台に、まるで絵本から飛び出してきたような登場人物たち。
そんなかわいらしい絵本的なセッティングとは裏腹に物語は、不気味で、非条理に
満ちたブラックユーモアに仕上がっている。

まるで絵の無い大人の絵本(Hじゃない奴ね、、、)といった感じ。

もし、この小説を映像化するとしたら、映画なら断然!キューブリック。 死んじゃったけど、、、、
「シャイニング」の寒々しい緊張感、沈黙、タイプライター、別荘、死、ナイトクラブなど
イメージにぴったりマッチする気がします。ワタシ的には、、、

漫画だったら「サウスパーク」かな。ペンギン、南極、ロシア帽、、、、ブラックユーモア
満点で、そのまんま使って面白いものになりそう。
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読んでて、村上春樹に似てるなーって思っていたら、最後に訳者も、そう書いていたから!
ちょっと小躍。。。。。。ビンゴ!
ロシアで村上春樹はすごく人気があるみたいだから、ちょっとは影響されたのでしょうか?
実際、ワタシも久しぶりに村上春樹の初期の頃の小説を読んだみたいな気分になりました。

続編「カタツムリの法則」って和訳されてるのでしょうか?本屋さんで見かけないけど、
ぜひぜひ読んでみたいです。

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by holly-short | 2006-05-25 21:04 | book review

空間

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快適な空間作りは、ワタシのライフワークなのか?
義務ではなく、本能!これって、女性的なもの?

2DKの小さな空間をあーでもない、こーでもないと、いじくりまくる習性。
家具の位置を移動したり、古いものを捨てたり、新しいものを追加したり、
アレンジしたり、しまったり、出したり、配置を換えてみたり、とにかく気が
つくと模様替え。
小さいものから大きいのまで、、、、、
あくまで掃除じゃなく、模様替え。。。。

暇な訳でもない筈なんだけど、、、、
思わず手が出ちゃう!わけで、、、、、
なにかに憑かれたみたいに、ひらめくと、もう止められない。
これって小さな頃からの癖というか、習性。

学生時代も、宿題しなくちゃいけないのに、とりあえず部屋の片付けする
か!みたいな。。。?
片付けたら、きっとすっきり勉強に熱中できるハズ!
な〜んて完全なる妄想抱きつつ、それが全然凝りない。そのうち、古い
雑誌なんか眺めだしたり、古い手紙を整理ついでに読み始めたり、
しまいには景気付け?にお菓子つまんだり???
完全なる逃避行!なんですけど、、、、
で、明け方まで泣きながら宿題をやるハメに陥る。←馬鹿

環境を自分色に染めたい衝動!って私の中でも、数限られた
女性的な部分から来てる気がします。
元来、男っぽいがさつな人間の癖に、、、変な所で女性の性が顔を出す。

先日、3年間住んでる我家(賃貸、2DK)の狭いベランダに大きなシーツ
を切ったり縫ったり、リボンをつけたりして、物干し竿にひっかけて隣から
見えない為の仕切りと、(それが無いと外から丸見え!)
上からパラソルをイメージした日よけ用のシェードを作成。簡単に取り外し
可能で、シーツなので、外からみると洗濯物を干しているみたいに見える
ハズ。生地は、しっかりした白いインド綿で、太目のリボンをつけてカワE−
。。。。。。ハズよ、、、、、多分、、、、、、

ビジュアル的には、ともかく!!それが、とってもいい感じで、先週末は、
椅子や机も外に出して、心地よい風に吹かれながら読書しました。
布が風にほどよく揺れてなんとも心地Eのです。

今週末は、ビールや焼きたてのビザを用意してお外でランチする予定。
蝋燭を立てて、お酒を飲みながらディナーしてもいいかも!なんて、
ちょっとした小さな空間に乙女心?ときめかせつつ、、、、、
心地よい空間作りは、人生に必要です。必要なのは、工夫と、
自己満足かな?、、、、、、

でも、やっぱりconranshopとか行くと洗練された高級家具にも惚れ惚れ
する。これは、これで女心。欲しいものは、欲しい!!買うぞオ!!と意気込みつつ
お金と空間にも限りがある訳で、双方バランスよく自分なりにコーディネイト
するしかなさそう。
我が家の演出家は、自分自身なわけで、1回きりの人生!
最高の演出をしたい!と切に願うのです。

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by holly-short | 2006-05-24 23:18 | diary

MULHOLLAND DRIVE

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デビット・リンチの「マルホランドドライブ」たまに無性にみたくなる。
なんだかとても、ひっかかる映画なのです。
デビット・リンチといえば、「エレファントマン」
子供心に衝動的な映画だった!!!テレビシリーズの「ツインピークス」も
謎が謎を呼ぶ代表作!

不可思議で、危うくて、不安定、、、、、人間の不安を掻き立てる、妙な雰囲気、
見てはイケナイものをまざまざと見てしまっているような気分にさせられる。
それでいて、その光景は美しく、儚い。音楽も、美しい映像も、色も、カメラワーク
も、すべてが絶妙に不安定でありながら、調和している。

個人的には「マルホランドドライブ」が一番好きなのですが、なんで?好きなの?
って言われると自分でもよく解らない。ストーリーも掴みどころがないし、現実
なのか夢なのか、幻想なのか、それすらも判然としない。
次々に現れる(超)個性的な登場人物たちの存在理由も意味があるような、
ないような、、、、。現代社会の病理を描いているのか?とか、意味の解釈や、
追求は、いろいろする余地あるんだろうけど、そんな細かな分析よりも、
ただ見て、見終わって、自分の中に残る残照やイメージがなんとも良くて、
グッときます。

デビット・リンチは、絵画なんかも発表するような、芸術家の一面もあり、
彼のそういった芸術的センス、表現力、そしてなによりも、あれだけの意味不明
とも思えるバラバラとした場面場面を繋ぎあわせ、ひとつの作品に仕上げて
しまう編集能力は、正に天才のなせる技だと思う。

「舞台」の危うい雰囲気は今回も健在。
クラブ「サイレンシオ」での泣き女の歌声には心奪われる。
っといっても、録音なんですけど、、、、、(この意味映画みたヒトなら解ります)

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by holly-short | 2006-05-23 22:49 | movie

偉大なる「恐怖心」、、、、、

子供の頃、私は恐怖心の塊だった。まだまだ世界は秘密だらけで、もちろんサンタクロース
だって信じていたし、真実の口に手を突っ込むことだって出来なかった。母や父が平気な顔を
して手を入れたり出したりしている様子を見て愕然とした。

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子供はよく寝るというけれど、私はとても寝るのが苦手で、独りで寝るのがなによりも恐ろし
かった。毎日、早く寝なくて済むように、母や父に対して道化?を演じたり、「寝なさい!」
と言われないようにひっそりと、両親の傍で時間をやり過ごしたりした。
それでも、「寝なさい!」と言われると渋々自分の部屋に行くのだけど、ドアは全開にして
少しでも部屋に明かりが入るようにSET、父や母の話し声に聞き耳をたて、なんとなく安心
したり、、、、これじゃあ変態だ。。。。

 こんな私は、自分自身をきっとすごく「弱い人間」なんだ!!!もっと強い人間になれたら、
ずっと生きやすいのに!!! な〜んて子供心によく思った。

 まあ、これはある意味今でも思うことだけど、、、、、色々な意味で、、、、、、

 違う意味で、言えば?きっと私のこの凝縮していうところの        「恐怖心」
解凍すると、、、、恐れ、不安感、痛み、警戒心、自己嫌悪、、、、、などなどは、
私が今まで生き延びてきた、、、、生き延びてこられた重要なファクターであるような気がす
る。それは、今現在、生きている私自身だけでなく、私の父、母、祖父、祖母、そのもっと前
の、猿人だったり、(ここまでくれば誰にとっても共通の祖先だ、、、、)小さな哺乳類だったり、
ホヤみたいな海中の生き物だったり、アメーバーみたいな、まだずっと単純な生き物だった
頃、すべてを含む私の系図によるところの祖先たちによって、育まれ、受け継がれてきた。

、、、、、、、話が一気に大きくなってしまった、、、、、、、、

 私が今、こうして生きているってことは、奇跡的なことで、ものスゴイ確率の上で成り立ってい
る。地球の誕生、生命の誕生から、つながる生命の連鎖の結果として私が生まれ、今こうして
のほほんと生きている不思議、、、、、、、。

 実際は、のほほんだったり、のほほんじゃなかったり、するんだけど、、、、、。

 「恐怖心」がなければ、生命は生きていかれない。危険を危険とも思わず、痛みを痛みとも
感じず、反省も、修正も出来ない固体は、若くして死んでしまう。そういう固体は、結果的には
子孫も残さず、淘汰されてしまう。悲しいかな、それが生存競争の厳しさであり、現実だ。生
命は、恐怖心があるからこそ、厳しい生存競争を生き抜いた。

 哺乳類は、集団生活する生き物で、独りでは生きていかれない。人間の幼児は独りにされて
しまったら、簡単に死んでしまう。誰かに、面倒をみてもらい、かまってもらい、守ってもらう必要
があり、だからこそ、声を大にして泣き、助けを求める。そういう意味では子供が独りで寝るの
を怖がるのは、生物学的にいえば当然とも思える。暗闇につつまれた平原に独り、大人からの
庇護もなく、丸腰で寝てしまう!なんて、自殺行為だ。今は文明社会で、すべてが管理され、
安全は常に守られている、、、、なんて現代の人間が作り出した神話的環境は、大きな進化の
歴史からみれば、ほんのわずかな期間でしかなく、大抵の場合、生命は常に危険と隣りあわ
せの生活をしてきた。子供は、教育や経験が不十分な分、まだまだ本能的な生き物なんじゃ
ないかと思う。本能的に受け継がれた「恐怖心」は、想像以上に強烈なもので、なかなかコン
トロール出来ない。

そんな「恐怖心」と共に、やっとこ大人になった私だけど、、、、
大人になってもやっぱり、ついて廻るのが「恐怖心」。

はあああー。 それが、又時として強烈だったりするわけで、、、、

大人になった今は、UFOよりも、天災よりも、人間が一番怖かったりします。




特に自分自身、、、、、、、、、、、が、、、、、、、

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by holly-short | 2006-05-23 01:03 | diary

ながらやり

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時間があっても無くてもながら趣味が私の癖で、一度に複数のことを平行してやる
のが好き。たとえば、映画を流しながら、裁縫をやり、お菓子を食べるとか、勉強し
ながら、音楽を聴き、マッサージ機にかかるとか、料理をしながら電話して、床にワッ
クスをかけるとか、入浴しながら、読書して、アロマして、グレープフルーツを食べ
つつ、音楽を聴くとか、、、、、、、、ようするに集中力がない。で、貧乏症なので一度
にひとつのことじゃ、気がすまないから、空いてる自分の機能でなにか出来ないか
なーなんて、すぐに手を出しちゃう。結果的にはそれで、すべてが身にならないなん
てことばかりなんですが、小さな頃からの癖なのでなかなか治りません。

結果はどうあれ、個人的にはこういうやり方の方が物事に集中できたりするから不思
議です。と思っているのは私だけで、飲み物はよくこぼすし、ミシンで指まで縫うし、
電話の返答がおかしかったり、映画が終わっていても気が付かなかったり、味付け
を忘れたり、時として周囲に迷惑もかけつつ、それでもなお、、、、、、ながらやりは、
辞めれない。

でも、脳の機能的には、複数のことを同時に進行するって意外と有効で、脳がよく
働くらしい!!   吉報!!!?
いろいろな別の刺激や情報がはいってくることにより、一層脳が活発に動き出すと
のこと。

以前テレビで、世界的な有名な指揮者のホテルでの仕事風景が紹介されていまし
た。彼自身はベートーベンの直筆楽譜を研究しながら、テレビではニュース、ステレ
オではまったく別の音楽、その上、違う仕事にもちょくちょく手を出しつつ、お腹がす
けばお菓子を食べたり飲み物を飲んだり、歩き回ったりと、せわしない。彼にとっては
そんな雑然とした雰囲気の方が仕事がはかどるし、長時間集中できるとのこと。

あながち、私のながら癖も、そうそう間違ってはいない様だ。なーんて!私の場合は
ない脳みそでそれ以上のことをやろうとしているだけの、、、、能力オーバーなんで
すが、、、

何かに忙しいと、もっと時間があれば、もっとこれ1つに集中できる余裕があれば、、
なんてよく考えたりします。でも、実際そんな時間や余裕があったりしたら、自分が
思ってた程コトははかどらなかったり、大して集中出来なかったり、、、、、
雑然とした状況の中で必然的に生まれてくる集中力が一番パワフルなのかも。
脳を忙しく働かせてごまかしごまかし、仕事をこなす!これが一番有効なのかもし
れません。

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by holly-short | 2006-05-21 23:07 | diary

Frida Kahlo

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メキシコの強烈な太陽、乾いた大地、情熱、ラテンの血、ドライで大きな自然、
フリーダ・カーロの絵はそんなものを連想させる。ワタシは昔から彼女の描く絵が
好きで、画集やポストカードなども収集している。日本では彼女の絵画自体を
好きってヒトは以外と少ない。多分、彼女の描く絵は強烈すげて日本の花鳥風月
的な淡く、どこか控えめな風土には合わないのかもって気がします。、、、、、
たとえば、日本人男性には、彼女の女としての魅力ってなかなか通じないと思う。
メキシコと日本の文化って水と油みたいに混ざりにくいのかもしれません。

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フリーダ・カーロは、正にラテンの女。煮えたぎるような熱いパッションの人で、
それが正に彼女の芸術のコアであり、原動力。そして、彼女の人生も、その作品
以上に強烈で、個性的で、波瀾万丈。彼女の存在自体が芸術そのものといって、
過言ではない。18歳で瀕死のバス事故、2年間のベットの上での闘病生活、
絵画との出会い、メキシコの大芸術家ディエゴ・リベラとの結婚、事故による後
遺症に悩まされ、度重なる流産、金属製のコルセットなくしては生活が出来ない
程の苦しみと戦いながら47年間という短い人生を激しく生き抜いた。
フリーダ・カーロの作品は、まさに彼女自身、彼女の絶望であり、パッションで
あり、血であり、肉である。自分自身を包み隠さず小さなキャンバスの上に
強烈に表現した。そして、その芸術は、フリーダ・カーロ、その人でなければ、
けして描かれなかっただろう。女であることの意味、、、苦悩、、、喜び、、、
フリーダ・カーロの作品は、女性にもっと自分らしく生きる勇気とパワーを与えて
くれる。マドンナなどの女性アーティストに強烈なコレクターがいるのも、納得
できる。彼女は自画像の画家。生涯自分自身を描き続け、けして自分自身から
目をそむけることをしなかった。

「私は、けして夢は描かなかった。私自身の現実を描いただけ、」
                      by Frida Kahlo

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by holly-short | 2006-05-20 00:32 | art

速読ドリル

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ゴダールの映画に出てくる登場人物って、いつも
本読んでる。ところ構わず、、、、、、
本読む姿ってチャーミングで魅力的。それが入浴
中ならなおさらだ。

ワタシ本読むのが実に遅いのです。
遅い上に覚えが悪いから、登場人物が5人以上で
てくるような小説は冒頭の登場人物紹介なるページ
を何度もめくらなくてはいけない。それが無い場合、
前のページに何度も戻っては拾い読みして、誰が?
誰?なのかを確認しなくはならなかったり、、、、
そのスピードは正に朗読のスピードと大差なし。昔から頭のEー人は本を
読むのが早いというけど、そう考えると私の頭はどうしようもなく悪いみたい。
なにより残念なことは、どんなに面白い本を読んでいても、読むスピードが
遅い為、途中で飽きてしまうってこと。どんなに感動した映画でも、時がた
てば、その印象は漠然としたなんとなく良いかな? なーんて曖昧になったりする。
例が悪いけど、まさにそんな感じ。最初の好印象の気分をもったままに、読破
出来ればいいのだけど、だらだらと、いつまでも同じ本を読んでいるものだから、
なんだか飽きてきちゃう。図書館に行くと、あれもこれもと読みたい気分が高揚し
て、マックス5冊に絞り込む事すら苦労するってのにね。それでも、2週間借りて、
ちゃんと読み終える本は、せいぜい2冊か、大抵1冊。だいたいワタシって人間は、
1冊も読み終わらないうちから、他の本に手を出したりしてしまうものだ
から、気がつけば、現在進行形で4、5冊の本を朗読中?って状態に、、、
、、、、、。????そんな浮気症で、のんびりしている私にとって、最後
まで読み終えた本は、気の合う友達みたいに貴重な存在だ。今では、最後ま
で読み終えなかった本は、縁がなかった本と思い、諦めている。無理して
楽しくもない本を読んでも読み続ける必要もなく、面白ければ、頼まれなく
とも最後まで読みたくなるのが心情ってもんでしょう。それでも、本が好き
で、本に憧れるワタシとしては、速読には密かな憧れがあります。てっとり
早く読めることで広がる世界もあるし、分母を大きくすることで、良質な本
に巡りあう確率だって上がるのでは、、、、、。それに読み諦めてしまった
後に大きな感動が待っているってこともゼロじゃないし、最後まで読み通す
ことでのみ理解出来る本もあるかもしれない。タイムイズマネーな昨今、
短い時間で集中して読書出来る力がほしいと、願うのです。

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by holly-short | 2006-05-18 21:02 | diary

シュークリーム

 キッチンからはバターの焼けるいい匂いが漂ってくる。私は、子供達にあげる小さな
バックたちに急いでミシンをかけ、自分の手際の悪さに、もっと早く終わらせておくべ
きだったと反省した。あと10分程でクッキーは焼き上がる。この分だと、約束の10時
までに誕生日ケーキを取りに行かれない。電話してピックアップを11時に変更しなく
ては、それとも誰かにピックアップを頼むしかないかも、、、、。女の子には花柄、男の
子にはストライプの英国製の生地で、小さなバックを10個ずつ作り、中には小さな
玩具と手作りチョコチップクッキーを入れる予定だ。部屋のデコレーションは昨日の
夜、娘と夫に手伝ってもらって、ほぼ終わっている。天井から三角に切り抜いた色紙や
HAPPY BIRTHDAYの文字がぶら下がり、サイドテーブルや食卓には、赤いテーブル
クロス、花瓶に生けた小さな花束、青いプラスチックのカップ、紙皿、ミニカーが沢山
プリントされたカラフルな紙ナプキンなどが所狭しと並んでいる。DEAN & DELCAで
注文したオードブルはカウンターで待機、サラダはドレッシングをかければいいだけ
だし、ズッキーニとトマトのパイも朝一番で焼きあげた。
「マーマ」
玩具で遊ぶのに飽きた娘は、私のシャツの裾をひっぱってくる。
「なあに、ママは忙しいのよ。あなたの誕生日パーティーの準備をしてるのよ、お願い
だから、あっちでムースと一緒に遊んで来てちょうだい。」
などと言っても、2歳になったばかりの娘は、聞く耳などもつはずがなく、老犬のムース
にしたって居間の隅にある犬専用の小さなソファーで小さな寝息をたてて熟睡中だ。
私は、仕方なく、足にまとわりつく娘をそのまま引きづるようにして、オーディオセットの
所まで連れて行き、今だけは大人しくしていて、と祈るような気持ちで「アンパンマン」の
DVDをセットした。娘はあっさり、アンパンマンのテーマソングに合わせて身体を上下に
揺らし、テレビの画面に集中しはじめる。最近、私は思うのだ。「アンパンマン」は偉大だ
って、いつでも望めば現れ、救世主のように私を救ってくれる。娘の誕生日ケーキも、
ひとっ飛びして取ってきてくれると助かるのに、、、、、それなら、ジャムおじさんに誕生日
ケーキを注文するべきだった。なーんて、ケーキはフランス帰りのパティシエが営む評判
のケーキ屋に注文したのだ。ケーキはいつもここと決めている。電話をして、ケーキの
ピックアップが11時になってしまうことを伝えた。
「それでしたら、お宅にお届けすることも出来ますが、」
と女性の店員は事務的に言った。
「それなら、申し訳ないけど、届けてもらえますか?」
「解りました。お届けは12時過ぎになりますが、構いませんか?」
「問題ないです。よろしくお願いします。本当に助かります。」
12時前にはゲストが集るけど、ケーキは食後に食べるのでむしろ好都合だ。キッチンで
タイマーが鳴った。タイマーの音にムースが飛び起きて、キャンキャンと小さく吠えながら
玄関の方へ走り去っていった。チャイムと間違えて、誰かお客が来たのだと思っている
のだ。クッキーも焼き上がった。娘は「アンパンマン」に夢中になっている。後は、私が小
さなバックたちを完成させればいいだけ、私は必死でミシンと向きあい、最後の仕上げに
取りかかった。

 11時半を過ぎた頃、次々とゲストが現れた。私が通うヨガ教室や、料理教室のお友達と
その子供たち、ご近所のお友達、娘の英語教室のクラスメートたち、私が子供を出産
してから知り合った同じ年頃の幼児を持つママ友達たち、みなそれぞれが素敵なプレ
ゼントをもって娘の為に集ってくれた。立食スタイルで、並べられた軽いランチを食べな
がら、「このパイ美味しいわ、」とか「素敵な誕生日会ね、」とか、お褒めの言葉に酔いし
れる暇もなく、私は、友人らに挨拶して廻り、パーティーへの参加とプレゼントのお礼を
し、ジュースやミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し、子供質が床にこぼした食べ物
をムースが食べてしまう前に片付け、ミルクを温めるためのお湯を沸かし、遅れてやって
きたゲストを迎え入れ、おしめを代える場所を案内し、息つく暇もなく動き廻った。そんな
最中にケーキは到着したちょうど一通りランチが行き届いた頃で、タイミングはばっちりだ。
玄関には、長く白い帽子を被ったパティシエの男性が大きな白い箱を胸に抱えて立って
いた。子供達はワッと歓声をあげて、彼を取り囲み、私はその勢いで転んで泣き出した
女の子を抱え上げ、泣き止まない彼女をなだめた。
「あの、よろしかったらケーキをお切りしましょうか?今は昼休みの時間で、ちょっと余裕が
あるんです。」
とその男性はいかにもパティシエといった甘い笑顔を浮かべた。
「本当ですか?でも、その前にバースデイソングを歌わなくちゃイケナイし、ロウソクをさし
たり、吹き消したり、しなくちゃいけないんですけど、、、、」
と申し訳なそうに言い、その間も泣き止まない女の子の髪をなでる。
「おまかせください。専門家ですから、」
とパティシエは、変わらぬ甘い笑顔で力強く頷いた。
彼のおかげで、誕生日パーティーは、バースデーケーキの登場と共に最高のクライマックス
を迎えた。揺れるロウソクの光とともに、キッチンから登場した彼は、バースデーソングの
音頭をとり、なかなか成功しないロウソクの吹き消し作業を手伝い、ケーキ屋のショーケー
スに整然と並ぶカットケーキみたいに美しくケーキを切り分けて、去っていった。その後も、
パーティーはしばし、にぎやかに続き、雰囲気もよく、子供達は元気に走り回り、私は相変
わらず忙しく動き廻った。3時を過ぎた頃から、ぽつぽつとゲストが帰宅しはじめ、何人かが
片付けを手伝ってくれて、夕方ごろには完全にお開きとなった。私の作った小さなバックた
ちも、皆それぞれのお家に持ち帰られた。私はすべてが終わり、すっかり元通りに片付い
た我が家を見回し、まるでポッカリと穴が空いたような気分とともに、どっと疲労感が押し
よせてきた。しかし、全てが滞り無く進行し、楽しい時間を共有出来たゲスト達の様子を
思い浮かべ、それは私に深い充足感をもたらした。娘は疲れ果てて、ソファーの上で寝て
しまっている。まだ2歳になったばかりの娘には、誕生日というものが自分にとって一体
どんな日であるのか、いまいち解らないみたいだ。ただ、プラスティック製のティアラも、
お手製のドレスも、とっても気に入ってくれたし、自分の為に持ち寄せられたプレゼントも
時として自分に集中する注目も、今日1日限りの特別扱いは、彼女の気分をとても良く
したみたいだ。私はそのまま、ソファーに横になり、娘とともに仮眠をとって、その後ムース
の散歩を手早く済ませ、夕食の支度にとりかかった。チャイムが鳴り、寝ていたムースが
よろよろと玄関に向かう。誰か、忘れ物でもしたのかしら?などと思ったが、そうではなく、
若い男の子が玄関に立っていた。よく見ると、昼間にケーキを運んでくれたパティシエの
男性だった。
「あの、まだ御代をいただいていなくて、」
ダンガリーシャツを着て、ジーンズを履いた彼は、昼間の白い衣装に身を包んでいた時
とくらべて、ずいぶん幼く見える。まるで別人みたいに。
「ごめんなさい。私もすっかりお支払いのこと忘れていたわ、昼間はとってもあわただしか
ったから、」
と請求書にある代金を支払った。男性は料金を確認し、領収書をくれた。
「あの、これよかったら食べて下さい。売れ残りですけど、品質にはまったく問題ありませ
んから、」
と小さなケーキの箱をくれる。私は再びお礼を言い、箱を受け取った。箱は思ったよりも
軽くて、ひんやりしていて、中にはシュークリームが4つ並んでいた。
「シュークリーム」
と私は口にだして言ってみる。そして、あるイメージを思い浮かべる。床に叩きつけられ、
無残に潰れたシュークリームのイメージ。薄いシューは破れ、カスタードが床に飛び散っ
ている。そう、私は怒りにまかせて、シュークリームを床に叩きつけた。容赦なく、思いきり
母を罵倒する言葉と共に。たぶん、「ふざけるな、こんなものいらねーんだよ、」とか
「こんなもので、誤魔化すんじゃねえ、」とか、そんな類いの今あらためて書くと、空しく
なるような可能な限り暴力的な言葉を選んだ筈だ。姉は冷たい視線で私を見ていた。
母は泣きながら、潰れたシュークリームを片付けた。私は謝らなかったし、その必要も
感じなかった。きっと私は、泣く母を尻目に2階の自室に引き籠り、少なくとも2、3日は
母と口もきかなかっただろう。14歳の誕生日を迎えたその日、母はちょうど自分のこと
に忙しく、いつもは必ず準備してくれたバースデーケーキを忘れ、もしくは忙しさの末
いた仕方なく、もしくは大きな娘にもう仰々しいバースデーケーキなどは必要と思わず、
駅前のチェーン店で小さなシュークリームを買って帰って来た。まるで、スーパーで
今夜のお惣菜を買うような、そんな調子で、、、、、、、。私はけして、誕生日のケーキ
がなかったこと、その代わりとしてシュークリームを買って帰って来たこと、そのことのみ
に怒りを感じたわけではない。そして、多分、運も悪かった。今日、たまたま運良くパティ
シエがバースデーパーティーを素敵な演出で盛り上げてくれたみたいに、、、、偶然に。
いろいろなことが、積み重なり、蓄積していた。その年頃の少女が時として、そうなよ
うに、私は孤独だったし、寂しかった。そして、まるでその象徴のように私の元にやって
きた、なんてことのないシュークリームに私の不幸が集約されている様な気がしたのだ。
潰れて中味の飛び出した無惨なシュークリームの死。私は自分自身に真剣そのもの
だった。私が感じた怒りも、寂しさも、むなしさも、発せられた暴力的な言葉の数々も
私自身そのものだった。あれから、10年以上がたった今日、娘の誕生日パーティーで
発したどんな言葉よりもずっと、、、、、、、、。娘が目を覚まし、小さなかわいらしい欠伸
をしながら、私を探しにやってきた。
「ねえ、ほらシュークリームよ」
私は、娘の小さな手のひらにシュークリームを乗せてやる。娘は嬉しそうにシュークリーム
に顔を埋めるようにしてかじりついた。小さく空いたシューの穴から、とろりとしたカスタード
クリームが流れ出てきた。

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by holly-short | 2006-05-17 23:27 | short story