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ストーリー・テリング ① フジ子・へミング

 title 夜想曲 ノクターン

フジ子さんのピアノは、ただただ心に響く。そして、その半生と芸術と生活は多くの人に感動と勇気と自由の心を与える。NHKで放送されるや大反響をよんだ、希有な音楽家フジ子・へミングを訪ねて。

インタビュー

窓からは柔らかなランプの明かりがもれている。クリスマスツリーに昔かならず飾られていたような太陽と月の形をした玩具のライトがチカチカと光っている。私が、その重い扉を押し開けると、2匹の猫が走り去り、柱の奥から私をのぞいた。部屋の奥から出てきたフジ子さんは、笑顔で私をむかえ、2階のリビングに案内してくれた。2台の古く美しいグランドピアノが置かれたその部屋は、天井が高くガランと広い。以前は演劇の稽古場であったと言う。部屋の中央には小さなテーブル、その上には細かな模様がカットされたワイングラス、白い粉砂糖がかかった甘いお菓子、花瓶に浮かんだ小さな花束。形も大きさもまったく異なる4つの椅子がそのまわりを囲んでいる。私が椅子を誉めるとフジ子さんは、言った。
「それは、ドイツで捨てられているのを拾ってきたものなの。私が持っている家具は、母のものであったり、音楽学校で処分されたものを拾ってきたものばかり。でもね、すごくいいでしょう。すごく気に入っている。思い出もあるし、古いものに囲まれていると心が落ち着く。3年前、ドイツから日本に来る時はね、どうやって生活していくかなんて全然想像もつかなかったから、全部1つ残らずもって帰ってきた。これだけあれば、なんとかなるだろうって」
 
 フジ子さんの少女のように無邪気で魔術師のように物憂げな雰囲気。部屋も、洋服も、そしてピアノの音色もフジ子さんにしかない、フジ子さんらしさが滲みでている。
「私はね、なんでも見るのが好きなの。散歩が大好きだから、人でもなんでもあらゆるものを見てね、なんでも参考にする。ファッションでも、お金がなかったから買うことは出来なくてもね、雑誌を見て気に入ったところをちょんぎってスクラップブックを作って、自分の持っている服をアレンジしたり、ちょっとした刺繍を刺したり、そんなことがすごく楽しい。でも、日本人は、人と違う服装をしていると、滑稽だとか、もっときちんとした服を着ろだとか言うでしょ。でも、そんなの面白くないわよね。私はね、いくらお金を沢山もらえるようになったとしても、これからも絶対にダイアモンドを買ったり、そんなことはしないでさ、今までのように謙虚にして、やっぱり自分の直した洋服を作って、それが一番似合うと思うから」

 私は、ピアノも弾けない。音楽のこともなにも知らない。クラッシックのコンサートを見ていても、どこに良さがあってどこがすごいのか解らない。でも、フジ子さんのピアノはただただ心に響いた。懐かしい気持が溢れてきて、涙が出そうになった。音楽の魅力ってこういうものなのだなと感じた。
「私はね、すごく音楽が好きでしょ。それで、ジャズでも演歌でもなんでも好きなの。素敵な曲だったら、好きなのね。それで、たとえば道を歩いているときに乞食がギターかなんかを弾いていても、いいなーって思う。未熟で、下手くそかもしれない、でも、そんなことはどうだっていいのよね。私にとっては。ぶらぶらと散歩をしている時とかに音楽が聞こえてきたら、楽しいじゃない。でもね、今の音楽の世界ではテクニックばかりが評価される。審査員も音楽のことを物差しのようなもので計っているような人ばかり。心で音楽が聞ける人が少ない。音が、ひとつ間違えたからって、落とされてしまったり、そうやって、いい人がみんな見捨てられてしまう。でもね、私は若い時、20代のころにもテレビに出て今と同じような曲も弾いていたの。だけど、ファンレターの一通すら貰ったことがない。若い時っていうのは、ピアノを弾いていてもあんまり解らなかった。音楽もそうだし、女だってそう。若い時は、どうしたら自分が素晴らしく見えるかなんて解らないじゃない。それと同じね。どんな人間でも、経験が必要だし、色々なことをして、色々な話しを聞いて、その中で色々な形のかけらを集めてさ、それを自分なりに継ぎ足していったものが、その人にとっての確かなことなのよね。たまたま夜、テレビを見ていた人がアレって、私のピアノに耳を傾けてくれて、一晩中眠れなかったって言ってくれる人もいる。狐につままれたような気分だけど。でもね、人生ってそんなもんかなって思ってる」

 フジ子さんは、苦しい時にはずいぶん本を読んだと言う。「ゴッホの手紙」だとか、伝記にも勇気付けられたと。
「耳もあまり良くないじゃない。だから、喋るのはあんまり得意じゃなかった。だけど、本ならなんでも読めるでしょ。だから、いろいろな本を読んだ。ゴッホは、精神病だったっていう人もいるけど、私は彼の気持ちがすごくよく解るの。私も昔から変わっているって、言われていた。そのままだと気狂いになるって言われたこともある。でもね、だからこそ、私はそういうゴッホみたいな変わった人間のことが、すごくよく解るの。ただ座っていることが出来ないような人間だっているじゃない。だけど、私は、そういう人間がすごく好きになっちゃうの。心が通じちゃうのよね。すごく神経質で、繊細な人だなって。ぶっこわれそうじゃない。でも、それってすごく人間らしいことなんだと思う」
 
 フジ子さんの部屋は、たくさんの想い出で飾られている。家族の写真、父の描いた日本の風刺、画家を目指していた叔母の描いたモダンな日本画、母が残した楽譜、グランドピアノ。
「ベルリンのことは、よっく思い出す。いつもずっと不幸せだった。苦しくて、苦しくて、もう嫌で嫌で仕方がない時、ピアノも弾けないような時期もあった。でもね、どんな人間だって、時おり素晴らしい快楽があるじゃない。本当に心からどきどきするような恋をしたり。そういう時のことを思い出して、哀しいことは、忘れていく。夜、独りでピアノを弾きながらね、昔のことを想い出す。ずっと長いことそうしてきたし、そんな時間がすごく好きなの」

 私はワインをたくさん飲んで夢の中にいるような心地だった。フジ子さんもほろ酔いでピアノを弾いてくれた。猫が何匹か床に寝そべって毛を舐めあっていた。私もその横に寝そべり、目を瞑り、ベルリンの寒い夜だとか、バーンスタインの青い太陽のような瞳、お菓子をぱくつきながら歩いた散歩道、フジ子さんの過去を想った。
「誰か詩人が、目を覆わなくては生きられないような世界だって、言っていたけど、本当にそう思う。猫が捨ててあっても、私はあの猫は、どうしたんだろうって、心を痛めて、2,3日悲しくなる。それで、餌を買うお金も無いのに自分の家に連れて帰ってきてしまったり。でも、そんなことを無視して生きていられる人間の方が幸せだったりするわよね。私みたいに敏感で、不器用だと、字引に挟まれてペチャンコになった小さな虫の死でさえも、悲しくなってしまう。この虫は、何処から来て、なにを食べて生きてきたんだろうなんてね。どこかで子供が5匹くらい待っているんじゃないかしらって。だから、ただそういうことだけでも、もう二度とこの世の中に戻って来たくないって思う。もう一度そういうたくさんの悲しいことを見て暮らしたくはないもの。それに天国に行けば、私が可愛がっていた猫達。私が愛した人たち。ショパンやリストにだって会えるかもしれない。私は、密かにそれを楽しみにしている。でも、天国に行っても恋はするのかな?」

 最後に、フジ子さんは、ガーシュインのサマータイムを弾いてくれた。とても、哀しい音色だった。

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by holly-short | 2006-07-29 09:54 | interview

Appointment

「フジコ?」   ?????
母から聞いてはじめ私は誰だか解らなかったのです。峰不二子?なんて、思ったりするくらいに。。。でも次の瞬間ピンと来ました!!ピ?ピ??ピ??!ピ!!ピン!!!!と(遅—よ!自分。)
「なんか、変わった感じの人だったわよ。外国の人かしら、電話番号を伝えるから、電話してくれって言ってたわよ。」と母。
即効、自分の部屋に戻って、電話しました。
「あら、あなたの手紙読んだわよ。とってもよかったわ。絵も素敵だったし、、」
みたいなことを言ってくれた、、、多分。実は狐につままれたような心地であまり覚えていないだ。あの物憂げなアンニュイな低い声。とても親密で、女ぽい台詞。私は、呆然と、しかし、しっかりと会う日取りを約束して、電話を切った。
「私の家にいらっしゃい。場所は解ってるわよね。待っているわ。」
フジ子さんが指定した日は、それから、2、3日後の夜、8時。私は、フジ子さんの家にするりするりといった感じに、招待されてしまったのでした。

インタビューに際して、私がしたことと言えば、当時熱中していた洋裁で、プレゼント用の半袖のニットを作ることぐらいだった。日暮里まで行き、スイス製のニットを買ってきてモダンな花柄のTシャツを作製した。
インタビューする内容については、手紙を書いていた時に、ほぼ決まっていたし、ビデオも何度も繰り返し見ていたし、当時は本とかもまだ出版されていなかったので、そんなに情報がなかったのですね。特に音楽の知識はゼロに近い私、音楽的な内容については、はじめから放棄していた。。。知識がなくても、話せる話しをしようという感じで、インタビューというよりも、一緒にお話しさせて頂ければ、いいかなーとそんな感じだった。その場の乗りと雰囲気に任せようと。。。。結果的には、それでとてもよかったと思っています。フジ子さんは、本当に気取らない、そのまんまの人なので、私も遠慮なく、フジ子さんの空間で、同じ時間を、共有し、girl’s talk に夢中になった。フジ子さんは、本当にまるで乙女を絵に描いたような人。今、振り返るととてつもなく凄いことなのですが、ピアノも何曲も弾いてくれて、しかも、ジャズとか日本の民謡まで、気の向くままに、唄ったり、踊ったり。ちょうど、どこかから高級ステレオを貰ったばかりで、ためしにクラッシックのレコードをかけ、フジ子さんもワインでほろ酔い気分。私も、かなりワインを飲んで、飲んだくれて猫ちゃんたち(それが10匹以上いる)と床に寝そべり、フジ子さんのピアノに聞き入ったり。とんでもなく、夢見心地の一夜をすごした。結局その日は12時過ぎまでお邪魔してしまい、終電で家路に着いたのでした。

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by holly-short | 2006-07-28 23:05 | interview

探偵と化す?

とりあえず、NHK「フジ子・ピアニストの奇蹟」を見直してみた。(私が、見たものも多分、再放送)番組のラストに制作会社や製作に関わる人の名前がテロップで流れるから、とりあえずそれを眺めつつ、一体全体こんな状態で、どうやって連絡をとればいいのだろう??と、、、再び、あらためて途方にくれた。。。
104でNHKの電話番号を聞くのか??   ンンなわけにはいかないだろう。。
でも、ビデオを見てて、東京のある地域に住んでいることが解った。しかも、家のすぐ隣に電車が走っている。線路沿いを歩いていたら、家解るかしら、、、、とも思ってみる。以前は、演劇の稽古場としても使われていたという一軒家は、フジ子さんのお母様の持ち物で、比較的大きな家のようだ。で、その家の周辺をワンコと散歩するフジ子さんの映像。よく見ると、家の隣にボクシングジムがあるではないか、、、。エメラルドグリーンのペンキが鮮やかなボクシングジム。  そこで、私は閃いた!
ネットで、ボクシング協会の電話番号を調べて、ボクシング協会に電話した。
この時、私はまさに探偵気分でしたよ!はい。。。。
「すみません、うちの子供がボクシングをしたいと言っているのですが、、、××地区にあるボクシングジムを教えていただけませんか?」 ← 嘘つき。。。
で、すんなりボクシングジムの電話番号をゲット。住所を調べ、地図で検索してみたら、多分ばっちりフジコさん家の隣っぽいではないか!!!
ボクシングジムに電話して、「そちらに伺いたいのですが、××駅からどうやって行ったらいいでしょうか?」、、、、「ちなみに、エメラルドグリーンの建物ですよね?」と確認。
ビンゴ! 私もしかして名探偵?
このアイディア、、、(ボクシング協会様、嘘ついてごめんね)は、私が学生時代にバイトしていた日本ラグビー協会での経験より。よく協会に、小さなお子さんをもつお母さんから、「子供にラグビーを習わせたいが、家の近くでラグビーを習えるところを教えてほしい」って電話が頻繁にかかってきていました。そして、そんな電話があれば、懇切丁寧に住所をお聞きし、最寄のラグビー教室を探し、お伝えしたものです。ラグビーの発展の為によ!勿論。。。。。。

いきなり!インターフォン押して、尋ねるのも、失礼かと思い(そんな勇気も無いし)とりあえず手紙を書きました。

私は、あなたのファンで、NHKの番組ではじめてお見受けしたのですが、フジ子さんのピアノの音色に心を奪われたこと。文章教室に通っていて、そこで作っているフリーペーパーにフジ子さんのインタビュー記事を是非書かせて頂きたい。インタビューをさせて頂きたい。出来るだけ、私の気持ちが伝わるようなシンプルで詩的な内容で、大きな花束の絵も描いて、私の熱いパッションを表現してみました、、、、。パッション??

そして、フジ子さんの家まで友人と出向きお手紙をポストに入れてきました。ここまでしたら、もうやれることはやったし、駄目で元々ってな気分。もう、ある意味、終ったような。。。終ってないけど、、、満たされた気分でした。とりあえず、探偵の任務は完了!!みたいな。。実際に他のメンバーも、第一希望の人にインタビューすることには相当苦戦している様だったし、なにせフリーペーパー!シロートのインタビューだもん。駄目で元々、後は運任せ!ってな感じでした。

それから、2日くらいして、フジ子さんに出したお手紙のことも忘れそうになっていた午後。私、熱中しすぎちゃうと、逆にそのことを忘れてしまう傾向にあるのです。手紙に情熱を傾けすぎて、呆然としていたのかも!しれませぬ。で、家に帰ると、なにも知らない母が、
「なんか、フジコ?って人から電話があったわよ。」と。

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by holly-short | 2006-07-27 08:11 | interview

インタビュー

昔、と書いて何年前かふと考える。      多分、7年くらい前。
インタビューをしたことがあり、それがすごく楽しくて、たまに今でもインタビューをしてみたいなって、ふっと思う事があります。でも、これっ!つー目的がないとなかなかインタビューって出来ない。 だって、だって、
「インタビューさせてください!」って言って、、
「なんで?」って言われた時に、これといった理由が無いと困るし。
「なんとなく、」じゃあ、失礼だし。。
「個人的な趣味。」ってーのも変態ぽいではないか。。。
7年前、大学を卒業したばかりで、私はなんとなく、「文章教室」、
というよりも「編集教室」ってほうが近いかな、に参加した。
当時、私は写真部にいたので、なんとなく面白そうだなって思ったのですね。たぶん。その前は、「アンティーク開業講座」なんつ〜カルチャー教室にも短期間通っていたことがあるから、なんでも興味津々のお年頃だったのかもしれません。ちなみに、写真部の前は、一年半程、体育会系のゴルフ部にはいっていたから、、、マジで飽きっぽい性格とも言う。辞めた理由はいろいろある。
で、その「編集教室」でフリーペーパーを作っていたので、それをきっかけにインタビューした。「お題」は、自分が気になる人にインタビューして、記事を書くというもの。私はなんとなく、ふっと、深夜のNHKで見た日本人離れしたピアニスト「フジ子・へミング」さんのことが、思い浮かんだ。ちょっと、見てすぐにビデオに録画したくらいだし。私の中では、彼女の不思議な存在感、物憂げな雰囲気、アンニュイな声、言葉、異国情緒溢れる部屋の様子や空気感、たくさんの猫ちゃんたち、そして、なによりもその深く濃いピアノの音色が、とてもとてもディープに印象に残っていたのだ。まだ、フジ子さんがCDも出してないし、テレビにもNHKのその番組くらいしか出ていなかった頃。
で、とりあえず、インタビューのアポをとらなくてはいけない!!
NHKに電話して聞いてみたら?っていうアドバイスを貰ったものの、、私はどこに、どう連絡し、どうやってアポをとっていいかも解らず、とりあえず途方にくれた。
しかし、事は、思いの他、あらぬ方法で、とんとん拍子に進んだ!
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by holly-short | 2006-07-26 01:17 | interview

上質な遺伝子 16

悪夢。
私は、白い空間にいる。ドアも、窓もなく、壁も床もシミひとつ無く真っ
白く塗られている。まるで、完璧に抗菌されたかのような無機質な空間。
部屋の中央には、顔の無い人間が座っている。石膏で塗り固められたよ
うに白く、つやの無い質感。その空間と同化している。私はなにも着てい
ない。裸だ。いや、よく見ると私はのっぺりとしていて、身体にあるべきは
ずの突起も毛穴もなく、まるで紙粘土で塗り固められた大きな人形のよ
うだ。側面だけでなく、内臓も、脳も、心臓も、血管も、そこに流れるべき
血液さえ存在しない。そして、中央に座っている顔のない人間、真っ白い
塊みたいな存在は、私自身であることに気がつく。残されているのは、
私が私であるという感触、自我そのもののみだ。私は、一瞬、すべてから
解放されたような、とても清々しい気持ちになる。しかし、次の瞬間、サラ
サラと乾いた戦慄が首筋を抜けていく。私の内部から熱く濃厚なエネル
ギーが動めきだす。ドプドプと気色の悪い音をたて、急激に培養された
細胞は、分裂し、増殖しはじめる。遺伝子に組込まれた設計図を元に私の
内臓を、血管を、神経を作り出し、熱い血液が流れ出す。なにもなかった
身体は一瞬にして、生気をおび、体温を取り戻し、熱を発する。何十万、
何千万という身体中の毛穴が目覚め、小刻みに震えはじめる。ピンク色に
濡れた毛穴から、黒光りする太い毛がニョロリと顔を出す。まるでそのひと
つひとつが独立した生命体のようにブルブルと身をくねらせ、太く長く急速
に成長していく。焼け付くような匂い。私は、恐怖に身を震わせる。毛むく
じゃらになりながら、賢明にそれらを抜きはじめる。身体の一部が一緒に
もぎとられていくような感覚。抜けた毛はゼリー状の根っこを黒光りさせな
がら、まるで太陽の下にさらされた幼虫のようにクニャクニャと床の上をも
がいている。不気味に空いた身体中の毛穴から、どろりとした原色の液体が
流れはじめる。力が抜ける。私の身体の中から流れ出た、どろどろとした
液体は、混じり合い様々な色合いを作りながら、真っ白な部屋を染めていく。
内臓も、臓器も脳髄も流れ、私は、もうすでに人間の形をとどめていない。
グニャッとした塊になっている。

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by holly-short | 2006-07-25 23:53 | 上質な遺伝子

上質な遺伝子 15

かつて、日記をつけていたことがある。あまりにも孤独だった頃。感情が
溢れ出し、肉体が押し潰されてしまいそうだったから。身勝手に無秩序に
体内を駆け巡り、暴力的に暴れまわる。私は自分を見失ってしまいそうだ
った。自分自身の肉体を。多分、感情を吐き出し、受け止めてくれる存在
が必要だったのだ。言葉は、どんどん湧き出てきた。考えて書くというよりも、
勝手に溢れ出てくるものを、どうにか書きとめるといった感じに。日記は、
まるで狂人が書いたそれみたいに、終わりも、はじまりもなく、支離滅裂で、
意味不明ともいえる代物だった。当時、私は救いようもない程に、絶望し
ていた。醜く歪んだエゴ。自己嫌悪。屈折した感情の縺れ。はけ口のない
自らが作り出した苦悩の中にどっぷりと浸かっていた。馬鹿みたいに。しかし、
その一方で、孤独は、私自身を際立たせ、浮き彫りにしてくれた。そして、
その苦しみとは裏腹に、剥き出しの自分自身の存在は、私に微かな安堵を
与えた。肉体に囚われない自分自身の存在、自我のようなものの存在を
感じることが出来るから。夜はあまり眠れなかった。眠れない夜、なにかに
取り憑かれたように日記を綴った。まるで気でも狂ったかのように。よく悪夢
にうなされた。眠るのが怖かった。

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by holly-short | 2006-07-24 22:20 | 上質な遺伝子

上質な遺伝子 14

 夫の言うとおりだ。私は書くことによって、物事を深く理解した。
ある時、私たちは、また例のごとく、どうしようもない状態に陥った。
彼にとっては、きっとまるで根拠のない、私の不機嫌な態度が原因
で。凝りもせずに、私は、また同じ手順を踏み、彼を追い込み、
追い詰めてしまう。どうしようもない所まで。一度身に付けた手順は、
易々と私を突き動かす。そして、もうどうにもならないというところまで
来て、ようやく私は途方に暮れる。性懲りもなく。心と身体が分裂し
はじめる。
「なんで、そうやって人に対して不愉快な態度がとれるの?俺にはま
るで理解できない。」
「理解しようとしないからよ。」
「そうやって、人に不満をぶつける前に、ノートに自分の頭の中をまと
めてみろよ。感情をそのままぶつけられても、なにも解決しないだろ。
そういう態度は、人をとてつもなく不愉快にするのが解らないのか。
ノートにでも書いて、よく考えてみろよ。」
「そうね、あなたの言う通りね。」
私は、一瞬、ポンと膝を叩くような愉快な気分になる。
「もう、あなたにけして感情をぶつけたりしない。」
さっそく、私は、その夜からノートに自分自身の感情を書き綴った。
それは、私にとって、絶対に人に見せることの出来ない秘密のノート
を作る行為だ。コクヨB5の、白く開かれた空間に、私は自由に、暴力
的に、すべてを吐き出し、綴ることに熱中した。頭を整理し、複雑に
絡み合った感情をほどき、分析し、検分した。これは、自殺行為だ。
これ以上、感情を見つめてしまったら、きっと私は今まで以上に頑に
私自身の感情にすがるだろう。そして、増々沈黙の世界へと引き込ま
れてしまう。私を独りにしないでほしい。独りでも大丈夫なように。

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by holly-short | 2006-07-23 09:10 | 上質な遺伝子

上質な遺伝子 13

  EVGENIAは程よく焼き色のついたおしりパンをオーヴンから取り出した。
「パンが焼けたから、ランチにしましょう。ギリシャスタイルのスープも作っ
たの。私の大好物、母直伝のチキンとレモンのスープ。」
焼きたてのおしりパンのおしりの割れ目の間で、カルピスバターがゆっくり
と溶けている。大ぶりのスープボールからは、悠然と湯気が立ちのぼり、
爽やかな酸味を漂わせている。油漬けのオリーブ、青々と大きく、美しい瓶
に詰められたイギリス製のもの。以前、食した時、そのフレッシュで爽やかな
美味しさに私は心から感動した。禁断の果実とは、こういう味わいのものの
ことをいうのかも、と思う程に。そして、上品な白黴に覆われたブリーチーズ
と林檎のスライスの組合せは、これ以外にないというくらいに調和し、繊細
な芳醇さが口一杯に広がる。EVGENIAは、溢れんばかりの食品が丁寧に
詰め込まれた、いかにも独身者用といった小さすぎる冷蔵庫から、白ワイン
を取り出し、慣れた手付きで、音もなくコルクを引き抜いた。やはり、彼女は、
ヨーロッパの人なのだ。だいたい、日本人は、昼間からワインなんて気軽に
飲んだりしないもの。
「乾杯しましょう。私たちのヒステリーに、」
EVGENIAは、曇りなく磨かれたワイングラスに冷えてとろりとした白ワインを
注いだ。
「私たちのヒステリーに、」
「すべての女性のヒステリーに、」
「乾杯、」


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by holly-short | 2006-07-21 22:05 | 上質な遺伝子

上質な遺伝子 12

「子宮って、女性の子宮?」
「そう、まさにその子宮。ギリシャ時代に、女性がわけの解らないことを
言い出したり、極度に精神不安定な状態に陥ったり、パニックになったり、
女性に顕著にみられるそういう精神状態は、きっとなにか子宮からからく
る悪い病気じゃないかってことで名付けられたらしいのよ。なんだか、
皮肉よね。女性を馬鹿にしてる。」
EVGENIAは、おしりパンを200℃にセットしたオーウ゛ンにかけた。私は
煙草の火を消し、すっかり冷めてしまったコーヒーを口にふくんだ。
「そうかしら。それって、とっても面白い話だと思うな。女性のヒステリーは、
子宮の叫びだと思われていたってことでしょ。ギリシャ時代から、きっと
そのずっと前から、女性は相も変わらず女性ってことなのね。なんだか、
それって感動的な話に思えちゃう。きっと、女性のヒステリー
には大きな意味があるのよ。生命のって言ったら言いすぎだけど、人類の
存続にとって必要不可欠な。でなくちゃ、こんな煩わしいもの、とっくのとう
に淘汰されたっていいはずよね。」
「体毛みたいに?」
「うん。尻尾みたいに。ヒステリーってある意味、危険に対する防御だったり、
集団で生活する上での人間関係や男女関係の調節機能みたいな役割を
果たしているんじゃないのかしら。一見、矛盾するけど、赤ちゃんが、号泣
するのだって、かまってもらわなくちゃ死んじゃうからでしょ。迫りくる危険
に対して、恐怖を感じたり、周囲に自分の存在をアピールできる個体のほう
が、きっと生き残る確率も子孫を残す確率も高かったのよ。そういう
意味では、うちの旦那のかまわれたい病ってネーミングは的を得ているの
かも。むかつくけど、間違いではないという程度には。そして、それは、女性
にとって必要不可欠な要素なんじゃないのかな。」
「理屈ではなく、本能的にヒステリーになるってこと?」
「一概には言えないけど、生理的に。痛みとか、嘔吐とかと一緒で、女性が
遺伝的に授かった心理的な、性というか、機能というか。その現象だけを
見ると、煩わしいものでしかないんだけど、大きな流れの中では大きな
役割きちんと果たしている部分もあるような気がする。」
「そういう意味では、私の上質な遺伝子も、良好に機能しているってわけね。」
EVGENIAは胸を張って自信気に言う。
「そうなのよ。むしろ機能しすぎているのかもしれない。良質過ぎて。」
「なんだか救いのない話だわ。」
EVGENIAの表情は、絶望的なものへとシフトする。
「そんなことないわよ。無かったら駄目なんだから。きっと女性からヒステリー
を引き起こす機能をまったく取り除いたら、男性にとっては、全く魅力のない
女性が出来上がるんじゃないかしら。ヒステリーだって、程よく適切に機能
すれば、多分とっても有効なんじゃないかな。」
「その程よくが、難しいのよね。」
「そうなのよ。今おかれてる現状や環境が、遺伝的な適正値から大きく逸脱
しているってこともありうるし。そしたら、それを修正すべくというか、その
ストレスに抵抗して、体内のヒステリー物質が過剰に分泌されるのかも。
古代ギリシャ人に言わせれば、子宮が緊急事態を訴えているのね。まさに
子宮の危機ってやつ。今は昔よりも生活が多様で、複雑だから、一概に、
これが原因とは、言い難いけどね。ようするに女はヒステリーによって、かわ
いい存在にもなれるし、ヒステリーがあるからこそ、疎ましい存在にもなって
しまう難儀な生き物なんじゃないかしら。」
「あなたって、なかなかの哲学者ね。」
「今解ったの?人は、私のことをプチ哲学者って呼ぶわ。で、テーマは女性に
おけるヒステリーの意義について。これって哲学?今日から、ヒステリー研究家
になるか。」
「なるべきよ。絶対に必要。」

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by holly-short | 2006-07-20 23:56 | 上質な遺伝子

上質な遺伝子 11

「私だって、たまに病院にでも行ったほうがいいんじゃないかって。むし
ろ、行きたい。ヘルプミー!って声を大にして叫びたくなることあるわよ。
多分、病院じゃなくても、お寺とか、セラピーとか、それこそなんでもい
いのかもしれない。そんな時にスルリとカルト教団にでも勧誘され
たら、何教なのかも調べずに、すがるように入信してしまうこと間違いな
しだわ。きっとまだ入信していないのは、そんなチャンスに恵まれていな
かったってだけで。」
私は首をすくめて、煙草に火をつけた。
「えーあなたでも、そんなことがあるの。人は,見かけによらずね。」
「まったくよ。きっと、無理がたたるのね。うちの旦那なんて、私のことを
かまわれたい病だって言うわよ。おかしくなったら、手のつけられない
気狂い女みたいに思ってるみたい。ようするに、私はとってもヒステリック
な人間なのね。」
私は煙草を深く吸い込み、大きく開け放った窓にゆっくりと吐き出した。
EVGENIAは、発酵して大きく膨らんだパン生地をオーウ゛ンからとり出し、
その膨らみ具合を確認した。膨らみの中央に指先を沈めると、パン生地
はみるみるうちに小さく萎んだ。EVGENIAは、いつでもレシピを見たり、
時間を計ったりしない。それでも、どういうわけか美味しいパンやお菓子が
きちんと焼き上がる。白く幼児のような肉付きのかわいらしい手でパン
生地をこねていると、まるでパン生地そのものがEVGENIAの一部みたい
に思えてくる。分裂したEVGENIAの一部は、まるで小さな生命体のように
膨らみ、こんがり色づき、甘いにおいを発する。
「女なんてある意味みんなヒステリックな存在なのかもしれないわね。」
EVGENIAは、生地を手早くわけ、まるく丸め、鉄製のへらで中央にざっく
りと切れ目をいれる。まるで小さな白いおしりみたいに成形したパン
を天板に並べていく。
「そうね。認めたくないけど、私に限っては正にその通り。ヒステリックガール
ね。気狂い女ってやつ。」
「ヒステリーの語源は、ギリシャ語なのよ。」
「どういう意味なの?気狂いとか、発狂とか、そんな意味?」
「ううん。そんなんじゃなくて、子宮って意味なのよ。」
「子宮?」

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by holly-short | 2006-07-19 22:31 | 上質な遺伝子