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シンプルな情熱

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 例えば、高級ホテルの妖艶なプールサイドで、夏の夜のちょっとした孤独を最高に贅沢にしてくれるような小説。突然、ふって湧いたような空白の時間に、最高のタイミングで、出会う、ひとつのストーリー。たとえば、モノクロの映像が、色付きになるみたいな鮮やかさで。もやもやと頭の中に佇んでいた感情が、美しく整理され、クリアになるような。そんな解ったような気分にさせてくれる寛容さと、深さを合わせ持ち、私をとてつもなく魅了するテクスト。アニー・エルノーの「シンプルな情熱」は、私にとって至極の一冊だ。

 小説というよりも、プライベートな日記を覗き見ているような、あの感じ。Aという男性との2年にわたる恋愛を、極限まで無駄を省いた剥きだしの言葉で綴るテクストは、まるで恋愛の濃厚なエッセンスだけを抽出したようなシンプルさ。マルグリッド・デュラスの「ラ・マン」と時期同じくして、フランスで出版され、ベストセラーになった本書は、多くのフランス人を魅了し、多くの共感と指示を得た。こういう小説を読むと、フランスという国は本当に、恋愛が成熟している国なのだとしみじみと思う。そして、恋愛が成熟するということは、ある意味とても危険で残酷なことなのだと、思わざる負えない。

訳者:堀茂樹あとがき

「明らかなのは、彼に対するA・エルノーの恋がいわゆるロマンスからは程遠い、激しくて単純で肉体的な情熱だったということだ。彼女は、その情熱をいささかも誤魔化さずに生きた。ただ、生きるとは、溺れることではない。その反対である。一見、矛盾しているかのようだが、A・エルノーというこの女性は、きわめて現実的な思慮分別をもって、
恋の情熱=パッションに燃えたらしい。本書は、その記録。
恋する女、そしてその恋を書く女としてのA・エルノーの姿勢が、どんな罪悪感にも歪められていず、いささかもヒステリックでないこと、率直きわまりない事を強調した。「シンプルな情熱」の特徴は、胸がドキドキしたり、キュンとしたりするような甘い恋愛物語に流れず、性愛の現実を見据えているところにある」

 私は、この小説を読み終えて純粋に驚いた。一見、ハーレークウィーン ロマンポルノにでも出てきそうな不倫の恋に溺れる女の図式にもかかわらず、とても文学的で、数式のように美しいからだ。主人公の女性(アニー・エルノー)は、すべてを直視し、けして目をそらさず、自分自身を観察する。そこから発生する彼女自身の感情を丁寧に、脚色ゼロの単純な言葉で淡々と綴る。この心境や、感情の言語化に私はとても引きつけられ、勇気づけられる。なぜなら、なぜ人は物語を必要とするのか?なぜ私は物語を書きたいのか?その問いに、このテクストは立ち戻らせてくれるから。アニー・エルノーは言う。「本を読むのは、私にとってはいつも自分の生活を違う目で見られるように説明しくれるなにかを探すこと、、、、。」そう。私は、物語を読むことによって、新しい自分自身を発見したいのだ。そして、それは、私自身から逸脱することではなく、より一層私が私自身に近付く為に。

アニー・エルノー本文

「私には思えた。ものを書く行為はまさにこれ、性行為のシーンから受けるこの感じ、この不安とこの驚愕、つまり道徳的判断が一時的に宙吊りになるようなひとつの状態へ向かうべきなのだろうと。」

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by holly-short | 2006-06-24 22:45 | book review
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